《経営戦略》

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【けいえいせんりゃく (management strategy) 】

 経営戦略の概念は事業レベルの競争を論じる「事業戦略」と事業のポートフォリオをマネージする「企業戦略」とに分かれる. 現代の経営戦略理論では, 超過利益を生み出す源泉としての競争優位性は, 究極的には2種類あると考えられている. すなわち, 「産業構造と自らの事業の産業内ポジションに起因するマーケットパワーによる優位性」と, 「自社の持つユニークな資源(天然資源や特殊な能力等)による優位性」であり, 現実の競争優位性(経済学の「比較優位性」概念とは異なる)はこの2種類のミックスによって実現されている.

[産業構造にもとづく超過利益]

 産業構造を分析するツールの基本は, ポーターの5フォース・モデルであるが, これによると, 超過利益を上げるために企業が取るべき戦略の基本は, 「望ましい産業」に参入するか, 自らの産業構造を操作して「望ましい産業」に変化させておいて, その中で「優位なポジション」を取ることである.

(1) 支配的市場シェア: 実証分析により, 集中度が高いほど産業全体の収益性が高く, また市場シェアが高いほど収益性が高いことが示されているので, 一般論としては支配的市場シェアを実現すれば, 高い収益性を享受できる. 例えば, GEが業界で1位ないし2位の事業のみに集中しているのはまさにこの原則に従っているのであり, また, Yahoo!のように全く新しい産業を生み出せば, しばらくの間は独占状態を実現でき, 高い収益性 (創業者利益) を享受できる.

(2) クリティカルマス: 技術等の理由で「規模の経済」が働く産業においては, 当該事業で損失を被らないための最小規模が存在し, クリティカルマスと呼ばれる. この最小経済規模が市場規模の半分以上である場合には, 当該市場に一つの企業しか存在し得ず, 「自然独占」と呼ばれる. 例えば1990年代初めにはイギリスの衛星テレビ市場にBSBとSkyとの二つの企業が存在したが, 当時の市場規模と技術からは二社とも利益を出せる可能性はなく, 1992年に両事業を合併してBSkyBとなった. ただし, 技術の変化により, クリティカルマスは大きくなったり小さくなったりする. 例えば, 鉄鋼ではミニミルの出現によりクリティカルマスは小さくなったが, 他方, メモリーチップ・乗用車・旅客機等のクリティカルマスは大きくなりつつある.

(3) ネットワーク効果: 財やサービスの種類によっては, 供給者のネットワークの大きさが需要者の利便性に大きな影響を与える場合がある. 例えば, エアラインでは世界の主要都市をスムーズにカバーできるネットワークが競争優位性を与えるため, ワンワールドやスターアライアンス等のアライアンスが成立した. また, ある財またはサービスを使用するときに補完的な財・サービスが存在するときにも, より大きな設置基盤を持った企業が有利となるネットワーク効果が働くことがある. 例えば, ビデオデッキにおいてレンタルビデオが補完サービスとなり, レンタルビデオの開拓に力を入れたVHS規格がベータ規格を事実上席巻してしまった.

(4) バリューチェインマネジメント: 自社の産業の最終顧客に至るまでのバリューチェインの詳細な分析により, 川上や川下への垂直統合やアウトソースの可能性を考察できる. たとえば, ナイキは製品企画・設計・流通・マーケティングのみを行い, 生産はアウトソースしている. また, 自社の顧客の顧客にソリューションを提供することにより, コモディティー製品も差別化することが可能である. たとえば, 業務用タオル製造業のミリケンは, 顧客であるタオルレンタル会社のために業務サービスも提供し, タオルレンタル企業のコスト競争力を高めることによって差別化に成功している.

(5) 弱小者の戦略: 産業構造に依存する戦略の議論では, 一般的にサイズが参入障壁の重要な部分を占めているため, 弱小者にとっては余り競争の余地はないような印象を与えがちであるが, 産業内分析により, 既存の競合によって埋められていないセグメントを狙ったり, 新しいKFS (key factors for success) を作り出すことにより, 弱小者にも戦う余地があるのが普通である. 例えば, 乾式コピー機においては, キャノンはゼロックスによって供給されていなかった中企業市場をターゲットとして参入し, その後はさらに安価な小企業・SOHO・家庭をターゲットとしたモデルで, 世界最大のシェアを獲得した. また, 日用品のように「顧客回転率」の高い財・サービスにおいては, 弱小者も短期間の内にポジションを築く例がしばしば見られる.

[ユニークな資源に基づく超過利益]

 今ひとつの競争優位性の源泉はユニークな資源であるが, 天然資源は使用とともに減少するが, 組織能力の場合にも時間とともに優位性は減価する. すなわち, 競合によってコピーされたり, 新しい技術の出現や社会の嗜好・価値観の変化により, 利益の源泉としての優位性が相対的に減少する. したがって, 特に特殊な能力による優位性から長期にわたる収益性を享受するためには, 長期的な目標に向けての絶え間のない能力の向上が不可欠となる. 一方, 弱小の地位にある企業も「戦略意志」を持って能力を蓄積することにより, ポジションを築くことができる. 特殊な能力に基づく優位性のダイナミックスは短期的には観測しにくいだけに, 長期的には競争関係に重要なインパクトを与え得る. また, 特殊な能力は多くの場合「組織学習」に依存しているため, 優位にある競争者が, 絶え間ない能力向上を続けている限り, 劣位にある企業がこれに追いつくのは容易ではない.

(1) 低コスト: 多くの財において, 単位時間当たりの概念である「規模の経済」とは別に, 累積生産量に応じて生産コストの低下することが観察されている. この現象は「学習曲線」または「経験曲線」として知られており, 経験を通じた学習の蓄積が, 生産性や品質の向上・コスト低下に貢献すると考えられている. また, ファーストムーバーアドバンテイジには創業者利益(上記)に当たる部分もあるが, 先行した学習の蓄積による優位性も少なくない. トヨタのコスト・品質優位性の源泉は, 絶え間のない実験と豊富な経験量にある.

(2) 高度の管理: 宇宙航空産業のような大規模プロジェクトの管理において, 米国企業は圧倒的な優位性を持っているが, このような管理能力は要素に分解して修得するのが容易でないため, 追随が難しい. また, 日本の品質管理を参考にしたといわれるモトローラのシックスシグマも高品質と低コストの実現を通じて, 競争優位性に寄与している.

(3) 差別化: 差別化は意図的に市場に非効率性を導入する手法であるが, 従来は, 研究開発(品機能の差別化)と広告宣伝(顧客のもつイメージの差別化)との二つの方法があると考えられていて, 差別化の成功は企業の能力に依存するところが大きい. 最近は総合的なブランドマネジメント能力が問われるようになってきた. 1990年代までのコカコーラは, ブランドマネジメントが世界一巧みな企業とされていた. さらに, 差別化の一形態である「定評」は, トライアルコストが大きい財・サービス(例えば, 住宅や整形手術等においては, 劣った財やサービス購入による失敗のコストが非常に大きい)においては特に重要な競争優位性となる.

(4) 特殊なビジネスプロセス: 幾つかの企業は, 特殊なビジネスプロセスに優れた能力を持って業績を上げている. 例えば, ハンソンはローテク成熟産業に属する効率的に経営されていない古い企業を買収し, 自社から経営陣を送り込んで企業価値を増加させることを得意としてきた(これは1980年代以降に流行している, 買収した多事業企業を分割売却して利益を上げる手法とは全く異なる). また, カルフールは, 予めハイパーマーケット立地予定地の周辺も買収し, 自身のハイパーマーケットの開店により周辺のトラフィックを増加させておいて, 周辺不動産を売却または賃貸するという, 大規模小売店とディベロップメントを組み合わせたオペレーションを得意としている.

(5) 多国籍企業のマネジメント: 事業を多国籍に展開して成功するためには, グローバルなオペレーションの効率, 地域市場の特殊性への適応性, ある地域で生まれた業務知識・ノウハウ等の他地域への素早い伝搬の3つの相反する要求を同時に満たさねばならない. このような経営能力を持つ企業は「トランスナショナル企業」と呼ばれ, ABBがその代表例とされた.

(6) 多事業企業のマネジメント: 多角化して多事業をもつ企業のマネジメントは, 事業戦略とは別の企業戦略を必要とする. 1960年代までは, 多事業を持つ企業はリスク分散と事業間のシナジーを実現できると考えられていて, 市場成長率の変化と市場シェアによって決定されるキャッシュフローをキーに事業ポートフォリオを管理しようとするPPMが生まれた. ところが, 70年代以降の実証研究の結果, 多事業企業が好業績をあげるのは事業展開の仕方に一定の制約がある場合に限られることが示され, さらに90年代になって, ある企業がもつ経営能力は限られているので, 企業はコア事業にのみ特化することが好業績を生むという考え方が主流となってきた. したがって, 余剰資金を配当せずにコア事業以外の事業に投資する場合には, 株主との利害関係の衝突の可能性がある. また, 複数事業間の資金移動によるクロス補助は, 独占禁止法(プリデーション)に抵触する可能性がある.



参考文献

[1] R. M. Grant, Contemporary Strategy Analysis (2nd ed), Blackwell, 1995.

[2] D. Besanko, D. Dranove and M. Stanley, Economics of Strategy, John Wiley & Sons, 1996.