《目標存在分布の推定》

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【もくひょうそんざいぶんぷのすいてい (estimation of existence distribution of target)】

 対象とする目標物の位置を確定的に求めることが探索行動の基本的な目的であるが, 探索が開始される時点でどの程度目標物の位置が明らかになっているかは, 探索を開始させる動機となるばかりでなく, 探索のやり方そのものを左右する最も重要な要因である. 最初にもたらされる目標物の位置情報はデイタム情報 (datum information) と呼ばれ, それに含まれる目標物の位置情報をデイタム点 (datum point), それが得られた時刻情報をデイタム時刻 (datum time) と呼ぶ. 通常, デイタム情報が探索者に探索を開始させる動機となるが, 情報の信頼性はそれぞれ異なり, 仮に確実度の高い情報であっても, 探索を開始するまでに時間が経過すれば, 探索開始時には目標の存在可能領域も広がってしまう. 通常, 確定的には知られていない目標物の位置は確率的に取り扱われ, 目標存在分布 (existence distribution of target) 又は単に目標分布と呼ばれる. 探索開始時と同様, 探索の途中で, また終了時点で目標物の存在確率がどのようになっているかについても, それを評価することができなければ探索結果を反映させることができず, 効率的な探索を実施することはおぼつかない. ここでは, 目標物の存在確率を推定するための手法を, (1)静止した目標物(静止目標物)に対する推定, (2)移動する目標物 (移動目標物) に対する推定, (3)探索実施後の事後存在確率の推定の3つの項目に関して述べる.


 デイタム点は探索空間の1点の座標で与えられ, その点に静止目標物が存在する確率は高く, その点から離れれば離れるほど存在確率が低くなると考えるのが妥当である. そこで, 静止目標物の存在確率密度として, デイタム情報の確実度に応じて分散の異なる正規分布を仮定することが多い. 船の航海法や天測航法等では, 目標の位置情報として方位線 (position line) 情報しか得られない場合もあり, その時の存在確率の推定問題は方位線による目標位置決め問題 (target position finding problem by position lines) として知られている [1].


 移動目標物に対する存在確率の推定は, 目標物の初期の存在分布と移動法則を知ることにより, ある時間経過後の存在分布は定式化できるが, 解析的な式や近似式等といった理論的に有益な表現として存在確率分布が得られる結果は, 簡単な法則に従った針路・速力により拡散的に移動する拡散目標物の確率分布(拡散目標分布 (existence distribution of diffusive target) と呼ばれる.) の研究に多い [2]. 具体的なモデルとしては, 目標物の初期位置が確定している場合や初期存在確率が正規分布をもつ場合, 直進又は針路・速力を変化させる目標物の速力が {確定, 一様分布, レイリー分布, 三角速度分布} で, 針路の選択が {確定, 全周一様分布} の場合, 針路を変えるまでの直進時間が {一定, 一様分布, 三角速度分布, ガンマ分布, 指数分布} の場合の組み合わせたものが主として研究されている [3]. 三角速度分布 (triangle distribution of velocity) はより大きな速力をより高い確率で選ぶ分布であり, 2次元平面上ではどの時刻においても存在確率を一様にする分布として, 特にその存在を秘匿したい目標物にとっては重要である. デイタム時刻からあまり時間経過がない時点での目標物の存在確率を評価する上では, 直進拡散目標物を仮定することに妥当性はあるが, 十分な時間経過後の存在確率をランダム運動を仮定して議論する研究も多い [4]. この運動における針路変更はランダムであるものの, その間の運動は直進運動であり, 直進時間と直進中にとる速力にある確率分布を仮定するほか, 目標物の初期存在分布に正規分布等を仮定して, ある時間経過後の目標物の存在確率を評価しようとするのがこの研究である.


 さて, 例えば, ある地点を十分探索したにもかかわらず目標物を探知できなかったという事実があれば, 我々は「そこにはもともと目標物がいた確率は低い.」と判断するであろう. このように, 実施した探索や探知事象の結果を加味して初期に推定した目標物の存在分布を再評価したものを目標物の事後目標分布 (posterior existence distribution of target)と呼ぶが, この数学的な基礎を与えるのがベーズの定理による条件付き確率である. という事象が生起する確率を という事象が生起したという条件の下での という事象が生起する条件付き確率を と表せば,


かつ


により計算できる. この事象を適切に設定することにより, 初期に推定した目標物の存在確率の再評価が可能となる. 例えば, の事象として, 「探索を実施したが目標物を探知しなかった」, 「センサーに真でない虚探知が得られた」等々をとることにより, さまざまな探索様相に対応した存在確率の再評価が可能である. もちろん, その際に かつ が計算できるためには, 探索の実施と探知確率を関連づける評価式やセンサーにおける虚探知発生の評価式がわかっている必要があり, これらは探索理論の他の分野において研究されてきた成果を活用しなければならない.


 目標物の存在に関するもっと複雑な推定に尤度を応用した手法として, 重み付けシナリオ法 (weighted scenario method)がある. 目標物の移動に関する総合的な推定を目標物の移動シナリオと呼ぶが, 初期時点でいくつかの移動シナリオを想定し, それぞれの確信度として重みをつけておく. この重みを, その後に起こった探知事象や探索経過を加味し, 事後確率の考え方を用いて補正してゆくのがこの手法である. 以上述べた手法が適用され成功した探索活動とみなされている有名な事例が, 米海軍原子力潜水艦スコーピオン号の救難捜索である[5].


 目標物の存在を単なる確率以上に詳細に表現しようとするならば, 「目標物はいくつ存在するか?」や「目標物はどんなタイプなの か?」等々の質問に答える探知情報やそれらに関する情報処理技法が必要となる. すなわち, 単に目標の存在のみを認識するセンサーから, 存在の特徴までも何らかの形で認識できるセンサーや, 通常は時系列データとして得られるこれら複数の探知情報を結合したり分離させるデータ結合 (data association) に関する情報処理が要求される.


 救難捜索等に代表される探索では, 単位時間当たりに得られるデータ量 (データレート) はそれほど多くなく, かつ断片的で特徴のない情報であるケースが多い. だからこそ, ここで紹介した目標存在分布の推定やデータ結合等の善し悪しが探索の成果を大きく左右することになるといえる.


参考文献

[1] H. E. Daniels, "The Theory of Position Finding," Journal of the Royal Statistical Society, Series B, 13 (1951), 186-207.

[2] B. O. Koopman, "The Theory of Search I: Kinematic Bases," Operations Research, 4 (1956), 324-346.

[3] 飯田耕司, 宝崎隆祐, 『捜索理論-捜索オペレーションの数理-』, 三恵社, 2003.

[4]A. R. Washburn, "Probability Density of a Moving Particle," Operations Research, 17 (1969), 861-871.

[5] H. R. Richardson and L. D. Stone, "Operations Analysis During the Underwater Search for Scorpion," Naval Research Logistics Quarterly, 18 (1971), 141-157.