《探索理論の応用と実例》

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【たんさくりろんのおうようとじつれい (applications and examples of search theory)】

 探索理論は,第2次大戦における対潜水艦戦に関する米海軍の軍事研究に起源があるため,その応用例として防衛関連分野は重要である.また,海上における探索活動の科学的研究は,海難救助に無くては成らない分析ツールを提供する.ここでは,防衛分野における探索理論の応用例と世界的に使用されている捜索救助マニュアル(IAMSAR マニュアル)への探索理論の応用例を見てみよう.


[海上防衛における探索理論の応用例] 海上防衛に関しては,海上防衛力の整備に関わる政策立案,海上防衛力の運用場面における様々な意思決定,海上防衛力の開発や改善のための研究開発等において,オペレーションズ・リサーチ等による分析評価が活用されてきた.これらの海上防衛に係る分析評価の各フェイズにおいて,探索(以後,捜索という)の問題は重要な問題である.捜索対象は,軍事的な脅威である海中の潜水艦や機雷,海上の水上艦船や航空機,電波等が主であるが,非軍事的な海上の遭難者等も災害派遣等における捜索対象となる.海上防衛においては,潜水艦は特に重要で捜索困難な対象である.捜索対象である潜水艦の行動パターン,捜索者である水上艦艇,潜水艦,哨戒航空機等の捜索要領,潜水艦の発見のために使用される音響や磁気等のエネルギーの特性(characteristics of sound and magnetic energy propagation) や捜索海域の状況(status of search area) 等により,多様な状況が生起する.これらの多様な状況に関して,第2次大戦以来の海上自衛隊内外の研究成果をもとに検討がなされ,捜索能力の見積りや最適な捜索戦術を求めるための手法が整備されてきた[1, 2].ある特定の捜索の状況をコンピューター上で模擬したシミュレーションを用いる方法のほか,捜索に係る主要な要素を含めて定式化した理論モデルを用いて,捜索オペレーションにおいて考慮すべき事項や要素間の因果関係,トレード・オフ等を把握する方法も多用されている.


 海上防衛における捜索では,限りある海上防衛力の中から適切な兵力を派出して,適切な時期(捜索開始と捜索時間)に,捜索対象が存在すると考えられる妥当な区域を捜索することが必要である.このため,捜索兵力,捜索対象,捜索海域の特性等に基づいて捜索者の有効探索率,捜索時期,捜索区域を特定化し,一様な目標存在分布を仮定した次のような理論モデルを用いて,捜索能力を評価することが有効である.


ただし, は探知確率, は有効探索率, は捜索区域面積,また は捜索時間区間を表す.


 捜索に係る問題の主要なテーマの1つは,捜索兵力の選定問題である.これは,上記の理論モデルにおいて捜索時間や捜索区域を一定として,捜索兵力の代替案に応じた捜索効率とそれによる捜索効果を比較検討することで意思決定に役立てることができる.運用場面における意思決定では,全体的な捜索兵力を効率的に使用するために,捜索の開始時刻と終了時刻を定めることも重要な問題となる.遭難者の捜索や一旦存在を暴露した潜水艦の再捜索等では,次式による設定のように,捜索開始からの経過時間に応じて探知確率を見積り,一定の基準を越えた段階を捜索打ち切りの一つの目安とする.


:捜索打ち切り時刻, :所望探知確率.


軍事的な捜索問題においては,捜索開始時期に応じて捜索対象の存在圏分布や軍事的価値が異なる場合があることから,捜索開始時期も重要な検討項目である.また,軍事的問題では特に,捜索者と捜索対象の間の非協力ゲームを考えることが現実的である場合が多い.たとえば,捜索兵力を幾つかの海域の間で機動的に運用する場合,捜索目標物がこれを考慮して最適な海域に指向し進出しようとすることを想定し,以下のようなゲーム的定式化により,複数海域での捜索時間の最適な配分及び最低限獲得し得る探知確率を見積ることができる.


ただし,上式は2つの海域での兵力運用を想定し,各記号は次を意味する. :探知確率,:全捜索時間, :目標物の行動海域の選択確率, :捜索者の各海域への捜索時間配分量,:目標物と捜索者の最適戦略, :捜索者の最低保障探知確率.


[IAMSARマニュアル] 従来,国際海事機関(IMO)と国際民間航空機関(ICAO)は,それぞれの立場で捜索救助マニュアルを作成してきたが,航空と海上での捜索救助(search and rescue:SAR)活動の更なる調和を図るため,統一した合同マニュアルとすることを目的として,合同ワーキンググループを設けて草案が検討され,1998 年IMO第69 回海上安全委員会において,IAMSAR マニュアル(International Aeronautical and Maritime Search and Rescue Manual) が採択された.本マニュアルは全3 巻からなり,第I 巻は組織と管理,第II 巻は活動調整,第III 巻は航空機・船舶の移動施設について述べられている.特に第III 巻は船舶に搭載されることを意図して作成されており,遭難現場付近で捜索救助に携わる救助者および被救助者に対するガイドラインを提供するもので,2002 年5 月IMO 第75回海上安全委員会において,船舶に搭載することが義務付けられた.


 その中の第II 巻,第4 章,5 章で捜索計画について述べられている.以前のマニュアルではKoopman の研究成果[3] が一部取り込まれ,主として静止目標物に対する探索区域の設定がマニュアル化されていただけであったが,新しいIAMSAR マニュアルでは,探索オペレーションの進捗に伴う目標存在分布や,探索努力の最適投入に関する最新の研究成果が活用され,より柔軟に最適探索計画を立案できるようになっている.初回の探索オペレーションに関しては,以前のマニュアルと同様,目標物は移動しないものと仮定して,目標探知確率を最大とする区域探索領域を決定できるようにしているものの,次のようなより精緻な評価手法を取り入れている.すなわち,遭難情報の不確実性を勘案し,目標物存在確率(probability of containment:POC)を正規分布や一様分布等の3種類の分布を仮定して評価している.また,過去の観測データの解析から得られた有効探索幅を使用し,探索空間の環境や探索者と目標物との相対的位置誤差等を考慮して,逆3乗発見法則による平行探索か, 定距離発見法則によるランダム探索のどちらかのオペレーションにより条件付探知確率( probability of detection:POD)を評価した後,POC とPOD の積である目標探知確率(成功確率:probability of success:POS)が最大となる探索区域を決めている.


 例えば,目標物の存在確率分布を分散 をもつ2 次元円形正規分布とした場合,半径の円に外接する正方形区域内の目標物存在確率POCと,この区域を有効探索幅 の逆3 乗発見法則のセンサーにより速力時間平行探索した場合の条件付探知確率PODは以下の式で与えられるので,これらの積である成功確率 を最大とするような を求め,デイタム点を中心とした半径 の円に外接する正方形の区域が探索区域として決められる. ただし,式中の は誤差関数である.



 また,2回目以降の探索区域の設定については,各回毎に目標物の事後目標分布と探知確率を用いて求められる探索努力の最適逐次投入計画が,それまでの累積探索努力を一括して用いるとした場合の最適一括投入計画と探知確率において等しいという,最適努力配分の加法性を適用して決められるようにしている.また,IAMSAR マニュアルにはこれらの計算に必要となる気象や目標物の種類等に応じた有効探索幅表や,目標物の漂流を推定するための風圧流(leeway)や吹送流(local wind current) のグラフ,位置誤差や漂流誤差に関する資料等が掲載されている.



参考文献

[1] B. O. Koopman, Search and Screening, OEG Report No.56, 1946. 2nd ed., Pergamon Press, 1980.

[2] 飯田耕司, 宝崎隆祐, 『捜索理論-捜索オペレーションの数理-』, 三恵社, 2003.

[3] B. O. Koopman, “The Theory of Search I,” Operations Research, 4 (1956),324-346. “The Theory of Search II,” 4 (1956), 503-536. “The Theory of Search III,” 5 (1957), 613-626.