「証券市場モデル」の版間の差分

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'''【しょうけんしじょうもでる (security market model)】'''
 
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=== 概要 ===
  
 
金融資本市場で取引されている個々の証券の価格が資本市場でどのようなメカニズムによって形成されるかを説明するモデルであり, 価格評価モデルとも呼ばれる. 最近の証券市場モデルでは市場均衡を積極的に考慮したCAPM, APT, アロー・ドブローモデルなどが代表的であるが, 過去に実現したデータに基づく時系列分析モデルも, 経済学者からの反発にもかかわらずコンピュータの発達とともに注目されている.
 
金融資本市場で取引されている個々の証券の価格が資本市場でどのようなメカニズムによって形成されるかを説明するモデルであり, 価格評価モデルとも呼ばれる. 最近の証券市場モデルでは市場均衡を積極的に考慮したCAPM, APT, アロー・ドブローモデルなどが代表的であるが, 過去に実現したデータに基づく時系列分析モデルも, 経済学者からの反発にもかかわらずコンピュータの発達とともに注目されている.
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=== 詳説 ===
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 金融資本市場では種々の証券が取引されており, それらの価格は需要と供給がバランスした市場均衡状態で定まる. 人々は証券が将来生み出すであろう価値(所得)を期待してそれを保有する. 証券の需要はリスクを伴う将来の所得に対し, 供給は将来の所得と交換に現在の資金を獲得するために発生する. このような証券の需給の基本的な性質を考慮して, 個々の証券価格が資本市場でどのようなメカニズムで形成されるかを説明するモデルを証券市場(または価格評価)モデルと呼ぶ. 伝統的に, 証券の価格はそれを発行した企業の将来価値を現在価値に割り引いた値として評価されてきたが, モダンポートフォリオ理論(modern portfolio theory)を背景として, 収益性(リターン)と危険性(リスク)の両面と均衡の概念を積極的に取り入れた[[市場均衡モデル]](market equilibrium model) が主流を占めるようになった. 証券の均衡価格に関する静学理論はほぼ完成され, 証券の収益率を唯1つの因子で説明する資本資産評価モデル(CAPM)と, 複数のマクロ経済指標などで記述する裁定価格理論(APT)が実証分析の可能性も含めて重視されている. 一方, [[アロー・ドブローモデル|アロードブローモデル]](Arrow=Debreu model)は純粋理論としての価値が高い. 動学理論では異時点間CAPM(ICAPM), デリバティブ評価モデル, 利子率の期間構造(term structure),  投機的価格形成(バブル)なども証券市場モデルと考えられる.
  
詳しくは[[《証券市場モデル》|基礎編:証券市場モデル]]を参照.
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 静学モデルにおいては, 市場参加者の利用可能な情報構造に目を向け, 価格が資金配分のシグナルとして機能する, すなわち, すべての情報に証券価格が瞬時に反映する完全競争市場を仮定し, [[効率的市場]](efficient market) と呼んでいる.
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 ポートフォリオ理論によれば, 各投資家は資産を各証券に分散投資することにより, 最も好ましいポートフォリオを実現できた. 分散投資から生じる証券需要に対応して, 市場は各証券の価格を決定する, すなわち, 一定量の各証券が過不足なく市場参加者に保有されるように均衡価格を決定すると考えられる. 市場均衡での各証券の収益率は, 分散投資でもなお残るリスクと消滅するリスクからなり, それぞれ, システマティックリスク, アンシステマティック・リスクと呼ぶ. システマティック・リスクは, 証券全体が産み出す将来価値の一定割合であるから, 証券iの収益率を<math>R_i\, </math>, 市場全体の収益率(市場ポートフォリオの収益率)を<math>R_m\, </math>とすると,
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<center><math>R_i=\alpha_i+\beta_i R_m + \epsilon_i\, </math></center>
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と表すことができ, この式を市場モデル(market model)と呼ぶ. ここで, <math>\alpha_i\, </math>と<math>\beta_i\, </math>は証券<math>i\, </math>に固有の定数であり, とくに<math>\beta_i\, </math>は市場全体の収益率の変化に対する各証券の収益率の変化率を示す指標, <math>\epsilon_i\, </math>は<math>R_m\, </math>によって説明できない誤差を表す確率変数である. 最小2乗法で係数<math>\beta_i\, </math>を推定すれば, <math>\beta_i=\mbox{Cov}(R_i, R_m)/\mbox{Var}(R_m)\, </math>であり, 上式の期待値を考えることにより, CAPMとの関連性が明白になる. 市場に無リスクな収益率<math>R_f\, </math>の安全資産が存在するとし, 投資家が資産の一定割合をこの安全資産に, 残りを市場ポートフォリオに投資するとする. 安全資産の\betaは0, 市場ポートフォリオのそれは1であるから, このポートフォリオの<math>\beta\, </math>は両者への投資金額に応じた加重平均となり, 資産全体の<math>\beta\, </math>は市場ポートフォリオが資産全体の中で占める割合に等しい. 一方, このポートフォリオの期待収益率は<math>R_f\, </math>と<math>R_m\, </math>への投資比率の加重平均であるから,
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<center><math>\mbox{E}(R_p)=(1-\beta_p)R_f +\beta_p \mbox{E}(R_m)\, </math></center>
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と表せる. この式は個別証券<math>i\, </math>についても成立するから, 上式の<math>p\, </math>の代わりに<math>i\, </math>と記せば, 資本資産評価モデル(CAPM)が導出される.
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 CAPMでは単一因子<math>\beta\, </math>が中心的な役割を演じているが, 他の多くの共通因子(マクロ経済指標など)を導入し, 均衡状態においては裁定機会が存在せず, 裁定機会のない状況では同じリスクをもつ証券の収益率は相等しくなければならないことを用いてCAPMを拡張したモデルに裁定価格理論がある. <math>k\, </math>個の共通因子<math>\lambda\, </math>からなるモデルは
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<center><math>\mbox{E}(R_i)=R_f+\lambda_1 b_{i1}+\lambda_2 b_{i2}+\cdots+\lambda_kb_{ik}\, </math></center>
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によって証券<math>i\, </math>の期待収益率を記述する. 共通因子は内生的には定まらず, 鉱工業生産指数, インフレ率などのマクロ経済指標と関係があると推測されている
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 (経済の)状態なる概念を明示的に導入するとともに, 証券を最適化問題の選択対象集合としてとらえ, 需要と供給の関係から証券価格を定式化したアロードブローモデル(状態選好モデルとも呼ばれる)は最も理論的なモデルであり, その考え方に沿ってモデルの精緻化や同値マルチンゲール測度(equivalent martingale measure)によるデリバティブの価格評価などが明らかにされてきている. 状態を<math>\omega \in \{1, 2, \ldots, Q\}\, </math>と表し, 特定の状態<math>\omega=q\, </math>が実現すれば1の価値を与え, 状態<math>q\, </math>が実現しなければ0になるような証券をアロードブロー証券(または, 純証券, 状態依存請求権)と呼ぶ.この証券<math>q\, </math>の価格を<math>p_q\, </math>とし, <math>N\, </math>種類の純証券が市場で取引されているとする. とくに, <math>N=Q\, </math>の場合, 各投資家が純証券のみで構成されるポートフォリオを所有するなら, そのポートフォリオの市場均衡価値を求めることができる. また, 安全収益率<math>R_f\, </math>を<math>\textstyle R_f =1/(\sum_{q=1}^Q p_q)\, </math>のように純証券で複製でき, 各証券の収益率も純証券のポートフォリオで完全に複製できることがこのモデルから導出される.
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 一般に, すべてのポートフォリオを純証券のポートフォリオで複製できるとき, そのような純証券から構成されているモデルは[[完備市場]](complete market)モデルと呼ばれる. このとき, どのような証券や市場を新たに追加しても, それらは冗長になっており, 不確実性をもつモデルが確実性下でのモデルと同等になる. 完備性はさらに一般化して定義され, 種々のデリバティブ評価モデルやヘッジを簡略化するのに役立つ. とくに, 裁定機会のない完備市場ではただ1つの同値マルチンゲール測度が存在することが知られている.
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'''参考文献'''
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[1] K. Arrow and G. Debreu, "Existence of an Equilibrium for a Competitive Economy," ''Econometrica,'' '''22''' (1954), 265-290.
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[2] D. Duffie, "Dynamic Asset Pricing Theory," Princeton University Press, 1996. 山崎昭, 桑名陽一, 大橋和彦, 本多俊毅 訳, 『資産価格の理論』, 創文社, 1998.
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[3] M. Harrison and D. Kreps, "Martingales and Stochastic Integrals in the Theory of Continuous
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Trading," ''it Stochastic Processes and Their Applications,'' '''11''' (1981), 215-260.
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[4] J. E. Ingersoll, Jr., ''Theory of Financial Decision Making,'' Rowman & Littlefield, 1987.
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[5] C. F. Huang and R. Litzenberger, ''Foundations for Financial Economics,'' North-Holland, 1988.
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[[category:ファイナンス|しょうけんしじょうもでる]]

2008年4月2日 (水) 16:22時点における最新版

【しょうけんしじょうもでる (security market model)】

概要

金融資本市場で取引されている個々の証券の価格が資本市場でどのようなメカニズムによって形成されるかを説明するモデルであり, 価格評価モデルとも呼ばれる. 最近の証券市場モデルでは市場均衡を積極的に考慮したCAPM, APT, アロー・ドブローモデルなどが代表的であるが, 過去に実現したデータに基づく時系列分析モデルも, 経済学者からの反発にもかかわらずコンピュータの発達とともに注目されている.

詳説

 金融資本市場では種々の証券が取引されており, それらの価格は需要と供給がバランスした市場均衡状態で定まる. 人々は証券が将来生み出すであろう価値(所得)を期待してそれを保有する. 証券の需要はリスクを伴う将来の所得に対し, 供給は将来の所得と交換に現在の資金を獲得するために発生する. このような証券の需給の基本的な性質を考慮して, 個々の証券価格が資本市場でどのようなメカニズムで形成されるかを説明するモデルを証券市場(または価格評価)モデルと呼ぶ. 伝統的に, 証券の価格はそれを発行した企業の将来価値を現在価値に割り引いた値として評価されてきたが, モダンポートフォリオ理論(modern portfolio theory)を背景として, 収益性(リターン)と危険性(リスク)の両面と均衡の概念を積極的に取り入れた市場均衡モデル(market equilibrium model) が主流を占めるようになった. 証券の均衡価格に関する静学理論はほぼ完成され, 証券の収益率を唯1つの因子で説明する資本資産評価モデル(CAPM)と, 複数のマクロ経済指標などで記述する裁定価格理論(APT)が実証分析の可能性も含めて重視されている. 一方, アロードブローモデル(Arrow=Debreu model)は純粋理論としての価値が高い. 動学理論では異時点間CAPM(ICAPM), デリバティブ評価モデル, 利子率の期間構造(term structure), 投機的価格形成(バブル)なども証券市場モデルと考えられる.

 静学モデルにおいては, 市場参加者の利用可能な情報構造に目を向け, 価格が資金配分のシグナルとして機能する, すなわち, すべての情報に証券価格が瞬時に反映する完全競争市場を仮定し, 効率的市場(efficient market) と呼んでいる.

 ポートフォリオ理論によれば, 各投資家は資産を各証券に分散投資することにより, 最も好ましいポートフォリオを実現できた. 分散投資から生じる証券需要に対応して, 市場は各証券の価格を決定する, すなわち, 一定量の各証券が過不足なく市場参加者に保有されるように均衡価格を決定すると考えられる. 市場均衡での各証券の収益率は, 分散投資でもなお残るリスクと消滅するリスクからなり, それぞれ, システマティックリスク, アンシステマティック・リスクと呼ぶ. システマティック・リスクは, 証券全体が産み出す将来価値の一定割合であるから, 証券iの収益率を, 市場全体の収益率(市場ポートフォリオの収益率)をとすると,



と表すことができ, この式を市場モデル(market model)と呼ぶ. ここで, は証券に固有の定数であり, とくには市場全体の収益率の変化に対する各証券の収益率の変化率を示す指標, によって説明できない誤差を表す確率変数である. 最小2乗法で係数を推定すれば, であり, 上式の期待値を考えることにより, CAPMとの関連性が明白になる. 市場に無リスクな収益率の安全資産が存在するとし, 投資家が資産の一定割合をこの安全資産に, 残りを市場ポートフォリオに投資するとする. 安全資産の\betaは0, 市場ポートフォリオのそれは1であるから, このポートフォリオのは両者への投資金額に応じた加重平均となり, 資産全体のは市場ポートフォリオが資産全体の中で占める割合に等しい. 一方, このポートフォリオの期待収益率はへの投資比率の加重平均であるから,



と表せる. この式は個別証券についても成立するから, 上式のの代わりにと記せば, 資本資産評価モデル(CAPM)が導出される.

 CAPMでは単一因子が中心的な役割を演じているが, 他の多くの共通因子(マクロ経済指標など)を導入し, 均衡状態においては裁定機会が存在せず, 裁定機会のない状況では同じリスクをもつ証券の収益率は相等しくなければならないことを用いてCAPMを拡張したモデルに裁定価格理論がある. 個の共通因子からなるモデルは



によって証券の期待収益率を記述する. 共通因子は内生的には定まらず, 鉱工業生産指数, インフレ率などのマクロ経済指標と関係があると推測されている

 (経済の)状態なる概念を明示的に導入するとともに, 証券を最適化問題の選択対象集合としてとらえ, 需要と供給の関係から証券価格を定式化したアロードブローモデル(状態選好モデルとも呼ばれる)は最も理論的なモデルであり, その考え方に沿ってモデルの精緻化や同値マルチンゲール測度(equivalent martingale measure)によるデリバティブの価格評価などが明らかにされてきている. 状態をと表し, 特定の状態が実現すれば1の価値を与え, 状態が実現しなければ0になるような証券をアロードブロー証券(または, 純証券, 状態依存請求権)と呼ぶ.この証券の価格をとし, 種類の純証券が市場で取引されているとする. とくに, の場合, 各投資家が純証券のみで構成されるポートフォリオを所有するなら, そのポートフォリオの市場均衡価値を求めることができる. また, 安全収益率のように純証券で複製でき, 各証券の収益率も純証券のポートフォリオで完全に複製できることがこのモデルから導出される.

 一般に, すべてのポートフォリオを純証券のポートフォリオで複製できるとき, そのような純証券から構成されているモデルは完備市場(complete market)モデルと呼ばれる. このとき, どのような証券や市場を新たに追加しても, それらは冗長になっており, 不確実性をもつモデルが確実性下でのモデルと同等になる. 完備性はさらに一般化して定義され, 種々のデリバティブ評価モデルやヘッジを簡略化するのに役立つ. とくに, 裁定機会のない完備市場ではただ1つの同値マルチンゲール測度が存在することが知られている.


参考文献

[1] K. Arrow and G. Debreu, "Existence of an Equilibrium for a Competitive Economy," Econometrica, 22 (1954), 265-290.

[2] D. Duffie, "Dynamic Asset Pricing Theory," Princeton University Press, 1996. 山崎昭, 桑名陽一, 大橋和彦, 本多俊毅 訳, 『資産価格の理論』, 創文社, 1998.

[3] M. Harrison and D. Kreps, "Martingales and Stochastic Integrals in the Theory of Continuous Trading," it Stochastic Processes and Their Applications, 11 (1981), 215-260.

[4] J. E. Ingersoll, Jr., Theory of Financial Decision Making, Rowman & Littlefield, 1987.

[5] C. F. Huang and R. Litzenberger, Foundations for Financial Economics, North-Holland, 1988.