《モデリング》

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【もでりんぐ (Modeling)】

 モデリング(Modeling)とは,現実世界の事象を数学的世界などの抽象世界の事象に置き換える作業のことである.置き換わった抽象世界の像を,モデルという.したがってモデリングはORの範疇以外でも盛んに用いられる概念であり,科学的に現実問題を解決する際には,必ず発生する作業といえる.ここでは,経営の科学としてのORの範疇におけるモデリング[1][2][3]を意識して述べる. はじめに,モデリングの主な事例をあげておこう.

1. 生態系などのダイナミックスを微分方程式でモデリングし,その解の振る舞いを研究することで地球環境などを探求する.

2. 建造物にかかる力の分布を物理的方程式でモデリングし,建物などの強度を解析する.

3. 組織や組織行動を論理的な様式でモデリングし,企業の行動や情報伝播などの支配的原理を解析する.

4. 情報システム構築に際して,業務を論理モデルで表現し,システムの構造や機能を設計する.

5. 需要変動などある種の不確実性を含む現象を確率的な記述でモデリングし,現実の事象の構造を分析し予測を行う

6. 物流などの現実の動きをソフトウェアに置き換えて,計算機上で再現を試みるシミュレーションによって現実世界を模擬する.

7. 企業における生産計画などの意思決定事象を,何らかの効用を最適化する数学的モデリングをし,最適生産計画などの意思決定に供する.


  1.は地球環境の変化などを予測したりするのに,盛んに用いられるモデリングであり,実はランチェスターモデルなどORの黎明期の主たるモデリングとしても知られている.多くの場合,現実現象は非線形微分方程式でモデリングされ,解の追跡にはシステムダイナミックス用シミュレータが用いられる.

  2.は構造計算書の偽造事件で,2006年に世間を騒がせたことで有名になった.構造物にかかる力の分布などは,微分方程式でモデリングされる.最近の特殊な構造物を除き,結局巨大な連立一次方程式を解くことに帰着することが出来,数値計算手法の進歩を十分に受け入れることが可能である.

  3.は会社組織や,業務遂行構造を抽象的に記述する試みとして,経営情報の分野で盛んに研究されている.次に挙げる情報システムの構築などの際に,業務記述(BPM:Business Process Modeling)の段階で用いられることも多い.

  4.は主として業務情報システムの開発に用いられる.業務記述が終わると,各業務要素の機能をシステムに射影するためのモデリング手法(UML: Unified Modeling Language)などを用いてシステム設計を進めることがよく行われている.

  5.はマーケッティングなどで用いられ,膨大な需要記録を元に予測された需要予測に基づいて,販売戦略などの構造とパラメータを決定するモデリングである.統計処理やデータマイニング,などを用いることを前提として計画される.

  6.はサプライチェーンマネジメントの問題である.物流のネットワーク構造と需要・発注の戦略をモデリングし,離散系シミュレータを用いることが多い.

  7.は意思決定問題である.ORは経営の科学といわれ,経営の意思決定に寄与するところが大であり,この種のモデリングがもっとも効果的に働くであろう.数理計画問題は,生産計画などに表れる典型的なモデルのひとつであり,ORの主要な部分を占める研究テーマとなっている.数理計画法(Mathematical Programming) は数理計画問題を数値的に解く手法であり,非常によく研究されている.一方,AHP(Analytic Hierarchy Process)などの,感覚など定量化しにくい要素に挑戦する意思決定モデルも盛んに研究され,実際広く用いられている.

 さて,モデリングの本質であるが,たとえば,高層ビルの設計においてエレベータを設置する問題を考えてみると,ビルに収容する予定の人々に対して,よりスムーズに上下移動サービスを提供することが課題となる.この際,各階の収容能力はエレベータの設置台数が増えれば減少する.一方,エレベータの台数が減れば当然上下移動サービスの質は低下する.上下移動サービスを要求する人数は,上層階に行くにしたがって減るであろう.時間帯による変動や,外来の人数の影響,もちろんコストなどなど考慮すべき要素は無数にあって,それらは複雑に絡み合っている.

 一般に実世界の課題は,複雑で問題の焦点が多岐にわたっている.このような,実世界の課題へのアプローチとして有力な方法のひとつがモデリングである.モデリングを適切に行うことによって,複雑な問題を単純化して本質的な課題構造を明らかにすることが出来る.モデルは数学などの抽象的表現がされているので,モデル上で数学的道具などを用いてさまざまな分析が可能となることもモデリングの効用である.

 エレベータの例に沿ってモデリングを考えてみよう.各階の総面積はあらかじめ決まっていて,エレベータビットの占める面積も与えられているはずである.したがって,各階を通過するエレベータの数による使用可能面積は簡単に計算可能である.エレベータの設置パターンを定めると,上下移動の単位時間当たりの性能が定まり,コストも定まる.そうすると,これらの関係は数学的表現が可能ということになる.一方,人々の行動は非常に複雑で抽象的表現は到底不可能であろう.このような複雑で簡単な説明ができないような現象に対しては,対象の本質を捉えて,単純化やデフォルメを行う必要がある.モデリングの役割は,実世界の現象の本質的な要因を抽出して,単純で明確な形にあらわすことにある.実際,高層ビルのエレベータ設置計画は,数学的な大まかなモデリングによって設置の大枠を決定し,細かな性能や運用計画は,シミュレーションを用いることとなろう.

 一般に,モデリングについての総合的な研究はまれであり,上に挙げたようなさまざまな適用分野ごとに,別々の発展をしている.しかし,モデリングを用いる手段は同じである.それは,いわゆるPDCA(Plan,Do,Check,Act)である.Planは,現実世界の現象をモデリングする段階である.Doは,構築されたモデルを用いてモデルの最適解などを導出する段階である.Checkは,導出された解を現実世界の現象に適用し,有効性を評価する段階である.Actは,Checkで検出された不適合要素を検討し,モデルの改良を加える段階である.かくして,モデリングを用いた現実課題の解決手法は,PDCAサイクルを回しながらより現実的な解決策に迫ることを目指す.このとき,モデルと現実の差異は多くの場合「誤差」と呼ばれるが,必ずしも量的な誤差だけではない.構造的(あるいは定性的)な差異が含まれているからである.したがって,現実とモデルの差異をここでは「不適合」ということとする.

 モデリングにおける注意点は,この不適合の検出と改良にあるといえる.不適合は下記のように分類されるであろう.

 ●現実現象を簡略化しすぎ,本質的な要件を落としてしまったことによる不適合.

 ●現実現象の要素間の関係を単純化(非線形を安易に線形化するなど)しすぎたことによる不適合.

 ●考慮すべき制約条件を落としてしまったことによる不適合.

 ●あまりに複雑化しすぎて,かえって本質的な構造を見落としたことによる不適合.


 PDCAサイクルは,このような不適合を発見し,よりよいモデルを構築する大切な手段である.特に,陥りやすいのは,複雑に考えすぎて本質的な構造を見失うことである.モデリングは現実現象のデフォルメであり,単純化してその本質を見つけることがその目的であることを忘れてはならない.不適合ではないが,もうひとつの考慮すべき点は,モデルを用いてなにを求めるか,というモデルの世界での「目的」を最初に決定しておくことである.たとえば,生産計画の最適化であれば,モデルは数学的な最適化問題となるであろう.サプライチェーンの在庫量予測などでは,おそらくシミュレーションを実施するであろう.したがって,数学的問題ではなく,ものの流れのデフォルメと構造をモデリングすることとなる.

 モデリングは,ORにおいては定石といってよい手段であり,参考文献に挙げたような,学会誌に掲載されたいろいろな事例を参考にされたい.



参考文献

[1] 日本オペレーションズ・リサーチ,Vol.50, No.4, 2005.

[2] 日本オペレーションズ・リサーチ,Vol.51, No.5, 2006.

[3] 日本オペレーションズ・リサーチ,Vol.51, No.6, 2006.