「金融派生証券」の版間の差分

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'''【きんゆうはせいしょうけん (financial derivative security)】'''
 
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=== 概要 ===
  
 
デリバティブの原資産は, (1) 株,(2) 金利および債券,(3) 通貨,(4) 農畜産物・工業品を主とする商品,に大別されるが, このうち(1)~(3)を原資産とするデリバティブで証券化されたものを金融派生証券と呼ぶ.
 
デリバティブの原資産は, (1) 株,(2) 金利および債券,(3) 通貨,(4) 農畜産物・工業品を主とする商品,に大別されるが, このうち(1)~(3)を原資産とするデリバティブで証券化されたものを金融派生証券と呼ぶ.
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=== 詳説 ===
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デリバティブ(derivatives)すなわち[[派生資産]]とは, その他の特定の証券や資産などの所定の特性ないし変数を条件として新たに作成された証券や契約のことである. デリバティブに対してそれを規定する特性ないし変数のことを原資産(underlying assets)と呼ぶ. 原資産には株式や債券など既存の資産のほか, 金利や為替レートなどの変数が使われ, これらの変数も慣習的に原資産と呼ばれている.デリバティブは狭義には[[先渡し|先物と先渡し]](futures contracs and forward contracts), [[オプション]](options), [[スワップ]](swaps)など, いわゆるオフバランス取引を指すことが多いが, 広義には, そのキャッシュフローや価値が株式や債券価格に依存する新株引受権証書, ワラント債, 転換社債などを含んでいうこともある.
  
詳しくは[[《金融派生証券(デリバティブ)(概論)》|基礎編:金融派生証券(デリバティブ)(概論)]]を参照.
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 デリバティブがわが国の金融市場に登場したのは比較的最近である. 先物取引については, 1985年に東京証券取引所に長期国債先物が上場されたのが始まりである. 1988年には日経平均先物が大阪証券取引所に, TOPIX先物が東京証券取引所に上場されて, 株価指数先物取引が開始された. さらに1989年には日本円短期金利先物が東京金融先物取引所に上場されている. オプション取引については, 1989年に店頭で債券の選択権付売買が認められたのが始まりである. この年には株価指数オプション取引が大阪(日経平均), 東京(TOPIX)の各証券取引所に上場された. 次いで1990年には長期国債先物オプションが東京証券取引所に, また1991年には日本円短期金利先物オプションが東京金融先物取引所に上場された. 1997年からは大阪証券取引所と東京証券取引所でそれぞれ20銘柄ずつ, 個別株オプション取引が開始されている. スワップについてはすべて店頭取引であるため, わが国でいつから始まったかは必ずしもはっきりしないが, 1980年の外為法改正後にユーロドル債の発行に絡めて通貨スワップが組成されたのが最初だといわれている. 1990年頃からは円の固定金利と変動金利を交換する金利スワップが急速に拡大している.
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 デリバティブは, このように比較的新しい存在ではあるが, その取引高は既存金融資産の取引高を圧倒的に上回っている. 株式については1990年以降株価指数先物とオプションの取引高がともに株式のそれを上回っている. 債券についても1988年以降, 先物の方が現物より取引高が多い. スワップでも想定元本での残高は, 大手銀行では総資産額の何倍にもなっている. しかし, こうした取引高は表面的なものであって実際に動く現金はそのほんの一部にすぎない. 取引を始める際には, 先物では何パーセントかの証拠金を納めるだけであり, オプションではわずかのプレミアム(価格)が授受されるだけである. スワップでは当初はほとんど現金を要しない. すなわちデリバティブは. 既存金融資産と比較して少しの資金で大きな取引ができるレバレッジ(leverage)の大きい取引といえる.
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 デリバティブの資本市場における機能を規定する大きな特徴は, 狭義のデリバティブでは, 当該デリバティブの市場全体でのネット収益が必ずゼロになるということである. 例えば先物取引では現物価格が上昇して買い手が儲かればその分だけ売り手が損をするというように, 各デリバティブごとの市場全体の収益の総和はゼロとなる. こうした特徴は株式などの既存資産の収益と比較するとその違いが明らかである. 例えば, 企業収益が改善すれば当該企業の株式保有者はすべて収益を享受でき, かつ発行企業が損をするわけではないので, 当該株式のネットの総収益は正となる. 結局このことは, デリバティブ自体は収益を生み出すわけではなく単に既存資産の収益やその変動リスクを再配分しているに過ぎないということを意味している.
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 このことから資本市場におけるデリバティブの機能の一つは既存資産市場における収益のリスクヘッジ(risk hedge)ということになる. しかし, デリバティブ市場への参加者がヘッジを目的とする投資家, すなわちヘッジャー(hedger)のみであれば, 売買取引が成立せず, 実際のところヘッジを行うことはできない. デリバティブ市場においてヘッジ目的の売買取引がスムーズに行われるためには, 自らの思惑に基づいて価格が上昇もしくは下落することに賭ける投機家(speculator)が必要となる. 投機家はヘッジャーの相手方として不可欠であり, ヘッジャーが回避するリスクを引き受ける報酬として既存資産の収益の分け前を受け取ることになる. デリバティブ取引におけるレバレッジの大きさは投機家を市場に引き付ける上でも大きな魅力となっている.また, ヘッジが有効に行われるには, デリバティブの価格が原資産の価格と安定した関係にあることが必要である. 自己の投資資金ゼロ, すなわちコストゼロでリスクを負うこと無く確実に儲けることが可能な取引を裁定取引(arbitrage)というが, デリバティブと原資産との安定した価格の関係は, 裁定取引によって達成される. もし両価格が一定の関係から乖離していたら, それは裁定取引で利益が得られることを意味する. 逆に一定の関係にあれば, 裁定取引によって, もはや利益を得るとこはできない. したがって既存資産市場とデリバティブ市場の間には相互に価格発見機能が働いているといえる.
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 以上のデリバティブの機能からして, デリバティブに対するORの主要な役割は, 適正な価格評価方法とそれに基づく価格変動リスクのヘッジないし管理方法の開発であると言える.
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'''参考文献'''
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[1] 岩城秀樹, 『デリバティブ-理論と応用』, 朝倉書店, 1998.
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[2] 日本証券アナリスト協会編集, 榊原茂樹, 青山護, 浅野幸弘, 『証券投資論(第3版)』, 日本経済新聞社, 1991.
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[[category:ファイナンス|きんゆうはせいしょうけん(でりばてぃぶ)]]

2008年4月2日 (水) 16:24時点における最新版

【きんゆうはせいしょうけん (financial derivative security)】

概要

デリバティブの原資産は, (1) 株,(2) 金利および債券,(3) 通貨,(4) 農畜産物・工業品を主とする商品,に大別されるが, このうち(1)~(3)を原資産とするデリバティブで証券化されたものを金融派生証券と呼ぶ.

詳説

デリバティブ(derivatives)すなわち派生資産とは, その他の特定の証券や資産などの所定の特性ないし変数を条件として新たに作成された証券や契約のことである. デリバティブに対してそれを規定する特性ないし変数のことを原資産(underlying assets)と呼ぶ. 原資産には株式や債券など既存の資産のほか, 金利や為替レートなどの変数が使われ, これらの変数も慣習的に原資産と呼ばれている.デリバティブは狭義には先物と先渡し(futures contracs and forward contracts), オプション(options), スワップ(swaps)など, いわゆるオフバランス取引を指すことが多いが, 広義には, そのキャッシュフローや価値が株式や債券価格に依存する新株引受権証書, ワラント債, 転換社債などを含んでいうこともある.

 デリバティブがわが国の金融市場に登場したのは比較的最近である. 先物取引については, 1985年に東京証券取引所に長期国債先物が上場されたのが始まりである. 1988年には日経平均先物が大阪証券取引所に, TOPIX先物が東京証券取引所に上場されて, 株価指数先物取引が開始された. さらに1989年には日本円短期金利先物が東京金融先物取引所に上場されている. オプション取引については, 1989年に店頭で債券の選択権付売買が認められたのが始まりである. この年には株価指数オプション取引が大阪(日経平均), 東京(TOPIX)の各証券取引所に上場された. 次いで1990年には長期国債先物オプションが東京証券取引所に, また1991年には日本円短期金利先物オプションが東京金融先物取引所に上場された. 1997年からは大阪証券取引所と東京証券取引所でそれぞれ20銘柄ずつ, 個別株オプション取引が開始されている. スワップについてはすべて店頭取引であるため, わが国でいつから始まったかは必ずしもはっきりしないが, 1980年の外為法改正後にユーロドル債の発行に絡めて通貨スワップが組成されたのが最初だといわれている. 1990年頃からは円の固定金利と変動金利を交換する金利スワップが急速に拡大している.

 デリバティブは, このように比較的新しい存在ではあるが, その取引高は既存金融資産の取引高を圧倒的に上回っている. 株式については1990年以降株価指数先物とオプションの取引高がともに株式のそれを上回っている. 債券についても1988年以降, 先物の方が現物より取引高が多い. スワップでも想定元本での残高は, 大手銀行では総資産額の何倍にもなっている. しかし, こうした取引高は表面的なものであって実際に動く現金はそのほんの一部にすぎない. 取引を始める際には, 先物では何パーセントかの証拠金を納めるだけであり, オプションではわずかのプレミアム(価格)が授受されるだけである. スワップでは当初はほとんど現金を要しない. すなわちデリバティブは. 既存金融資産と比較して少しの資金で大きな取引ができるレバレッジ(leverage)の大きい取引といえる.

 デリバティブの資本市場における機能を規定する大きな特徴は, 狭義のデリバティブでは, 当該デリバティブの市場全体でのネット収益が必ずゼロになるということである. 例えば先物取引では現物価格が上昇して買い手が儲かればその分だけ売り手が損をするというように, 各デリバティブごとの市場全体の収益の総和はゼロとなる. こうした特徴は株式などの既存資産の収益と比較するとその違いが明らかである. 例えば, 企業収益が改善すれば当該企業の株式保有者はすべて収益を享受でき, かつ発行企業が損をするわけではないので, 当該株式のネットの総収益は正となる. 結局このことは, デリバティブ自体は収益を生み出すわけではなく単に既存資産の収益やその変動リスクを再配分しているに過ぎないということを意味している.

 このことから資本市場におけるデリバティブの機能の一つは既存資産市場における収益のリスクヘッジ(risk hedge)ということになる. しかし, デリバティブ市場への参加者がヘッジを目的とする投資家, すなわちヘッジャー(hedger)のみであれば, 売買取引が成立せず, 実際のところヘッジを行うことはできない. デリバティブ市場においてヘッジ目的の売買取引がスムーズに行われるためには, 自らの思惑に基づいて価格が上昇もしくは下落することに賭ける投機家(speculator)が必要となる. 投機家はヘッジャーの相手方として不可欠であり, ヘッジャーが回避するリスクを引き受ける報酬として既存資産の収益の分け前を受け取ることになる. デリバティブ取引におけるレバレッジの大きさは投機家を市場に引き付ける上でも大きな魅力となっている.また, ヘッジが有効に行われるには, デリバティブの価格が原資産の価格と安定した関係にあることが必要である. 自己の投資資金ゼロ, すなわちコストゼロでリスクを負うこと無く確実に儲けることが可能な取引を裁定取引(arbitrage)というが, デリバティブと原資産との安定した価格の関係は, 裁定取引によって達成される. もし両価格が一定の関係から乖離していたら, それは裁定取引で利益が得られることを意味する. 逆に一定の関係にあれば, 裁定取引によって, もはや利益を得るとこはできない. したがって既存資産市場とデリバティブ市場の間には相互に価格発見機能が働いているといえる.

 以上のデリバティブの機能からして, デリバティブに対するORの主要な役割は, 適正な価格評価方法とそれに基づく価格変動リスクのヘッジないし管理方法の開発であると言える.


参考文献

[1] 岩城秀樹, 『デリバティブ-理論と応用』, 朝倉書店, 1998. [2] 日本証券アナリスト協会編集, 榊原茂樹, 青山護, 浅野幸弘, 『証券投資論(第3版)』, 日本経済新聞社, 1991.