《経済計算》
【けいざいけいさん (economy analysis) 】
企業の経営者, 管理者, およびこれを補佐するスタッフの人々は, 各種様々な意思決定問題に当面している. 意思決定の対象となる問題領域は, 生産, 販売, 物流などの計画や, 人員計画, 品質や技術改善の計画, 設備投資計画など多様であるが, 通常は複数の候補案(方策)の中から経済的に有利な案を選択することをまず第一に考える. このような観点から行われる分析を, 一般的に経済計算あるいは経済性分析と呼ぶ. また, 体系化された研究分野を経済性工学と呼ぶ.
経済計算に関する研究は, 従来から管理会計学, 企業経済学, エンジニアリング・エコノミー, 品質管理, インダストリアル・エンジニアリングなどの様々な分野で, 少しずつ異なった角度からとり上げられてきた. しかしながら, それらの分野を横断して利用するためには体系化が必要である. わが国では, 品質管理活動などにみられるように, 高度な管理技術が企業経営に適用され, かなりの成果をあげてきている. ところが, 経済性の評価をする段階で不適切な方法を適用して誤った判断を下している例が稀ではない.
経済計算では, 損得に関する基本的な原理原則である経済性の比較原則を理解することがまず大切である. すなわち, 比較の目的と対象を明確にし, 各案の間で相違する収益と費用とを, お金の流れ(キャッシュフロー)に注目してとらえる. 一般に, 利益というのは,
利益=収益-費用
として計算されるので, 各案によって利益がどう変化するかを調べるには, その構成要素である収益と費用とがどう変化するかを調べればよい.
経済性の比較の原則を理解した上で, 経済性の優劣を判定するための経済計算と, 経済活動の結果生じる利益や費用を分け合うための割勘計算との違いを明確化しなければならない. たとえば, どの製品を優先して受注するのが有利か, という受注選択問題において, 固定費の人工的な配賦を含んだ製造原価のデータをそのまま使用するのは誤りである. また, 不良率低減や機械の停止時間の削減などの改善がもたらす経済的効果は, 製品に対する需要と生産能力との関係がどうなっているかによって異なるが, 伝統的な原価計算システムから得られる単位時間当たりの平均費用などを使って評価してしまうなどの間違いもよく見受けられる.
また, 方策(案)が多数ある場合には, それらの相互関係が互いに独立的であるのか, 排反的であるのか, あるいは独立案と排反案が混じっているかによって, 選択指標を使い分けるという考え方が重要である.
各案が互いに干渉し合わずに, 資金や時間などの制約条件のもとで有利な案を自由に組み合わせて選んでよいという場合, それらの案を独立案とよぶ. 独立案からの選択の場合は, 各投資案の効率を計算する. 効率とは, 目的とするもの(通常は利益)を制約された要素の値(投資額, 人員, スペースなど)で割った値である. それらの大きさによって, 独立案の有利さの順位付けを行って, 制約の範囲で案を選択していく.
いくつかの案の中から1つを選ぶと, 他の案は捨てられるというタイプの問題は, 排反案からの選択と呼ばれる. この場合, 最有利な案を求めるためには, それぞれの案から得られる利益額を計算して, それの最大の案を選べばよい. また, 排反案の場合は, 各案の固有の効率はそのままでは評価指標にはならないが, 追加効率という考え方を適用すれば, 最有利な案を選択することができる.
互いに独立な問題領域がいくつかあって, 各問題領域にそれぞれ複数の排反的な案が含まれているというタイプの選択問題は混合案と呼ばれる. この場合には, まず各独立領域の中の排反案について, 追加効率を計算して無資格案を整理し, その上で総合的な判断を行う.
長期的な投資問題の経済性を評価するためには, 資金流列を推定し, 資本の利率を用いて資金の時間的価値に換算することが重要である. 資金の調達に伴って負担される利子, または標準的な運用利率の犠牲額(機会損失)を一般に資本コストと呼び, その利率を資本の利率と呼ぶ, 異なる時点での収入や支出を単純に足したり引いたりするのは合理的でないので, 資本の利率を用いて時間的価値を調整する必要がある. 資本の利率としては, 通常は各種の利子率の加重平均値にリスクを加味していくらか高めにした利率を用いることが多い. これを計算利率という.
資本の利率を用いて時間換算を行う場合, 一般的に次の3つのタイプの価値が用いられている.
(1)現時点での価値に換算した現在価値
(2)投資の効果が及ぶ最終時点での価値
(3)毎期末均等払いの値に換算した平均値
なお, 企業その他の組織体の計画問題は, 単に経済性の観点だけから検討すればよいということではなく, 一般的には, 経済性の検討のほか, 資金繰りの検討, 非金銭的な検討, という3つの側面からの検討を必要とする. 非金銭的な検討というのは, 企業内の人間関係, 消費者や社会からの信用やイメージ, 技術上の問題などがあげられる. たとえば, 経済性の観点からみればA案が有利であるが, 使いやすさの観点からみるとB案が魅力的だとしよう. この場合, B案を採用することの機会損失(A案を選ばなかったために生じた利益のあげそこない)を正しく計算して, 経済性と非金銭的各要因の関係を整理し, それをもとに総合的に意思決定を行うことになる.
営業部門, 購買部門, 製造部門, 経理・財務部門, 人事・労務部門, 設計・品質管理部門など, 企業のほとんどすべての部門で生じる各種の意思決定問題が経済計算の対象になるので, 近年多くの企業で経済計算の考え方が取り入れられるようになってきている.
参考文献
[1] 千住鎮雄, 伏見多美雄, 藤田精一, 山口俊和, 『経済性分析』, 日本規格協会, 1979.
[2] 千住鎮雄, 伏見多美雄, 『経済性工学の基礎』, 日本能率協会マネジメントセンター, 1982