「《倒産確率の推計》」の版間の差分
Tetsuyatominaga (トーク | 投稿記録) |
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線形確率モデルの応用 | 線形確率モデルの応用 | ||
− | 倒産企業の事後的な倒産確率を<math>1</math>として,非倒産企業のそれを<math>0</math>としよう.このよう | + | 倒産企業の事後的な倒産確率を<math>1\,</math>として,非倒産企業のそれを<math>0\,</math>としよう.このよう |
− | にして,<math>i</math>番目の企業の例産確率<math>(Y_i)</math>を縦軸に,そして倒産・非倒産に影響を与えると思 | + | にして,<math>i\,</math>番目の企業の例産確率<math>(Y_i)\,</math>を縦軸に,そして倒産・非倒産に影響を与えると思 |
− | われるリスクフアクター,たとえば<math>i</math>番目の企業の負債比率<math>(X_i)</math>を横軸としてプロット | + | われるリスクフアクター,たとえば<math>i\,</math>番目の企業の負債比率<math>(X_i)\,</math>を横軸としてプロット |
− | し,2変量線形回帰:<math>Y_i = a + b X_i + \epsilon_i</math>分析を試みる.ここで,<math>\epsilon_i</math>は | + | し,2変量線形回帰:<math>Y_i = a + b X_i + \epsilon_i\,</math>分析を試みる.ここで,<math>\epsilon_i\,</math>は |
平均ゼロ,分散が不均一分散 | 平均ゼロ,分散が不均一分散 | ||
− | する誤差項である.これから,<math>i</math>番目の企業の推定倒産確率<math>(\pi_i)</math>は,従属変数<math>(Y_i)</math> | + | する誤差項である.これから,<math>i\,</math>番目の企業の推定倒産確率<math>(\pi_i)\,</math>は,従属変数<math>(Y_i)\,</math> |
の条条件付き期待値で示すことができる.なぜならば, | の条条件付き期待値で示すことができる.なぜならば, | ||
<center> | <center> | ||
− | <math>\mbox{E}[Y_i] = \mbox{P}\{ Y_i =1 \} 1+ \mbox{P} \{ Y_i =0 \} 0 = \pi_i 1 + (1- \pi_i )0 =\pi_i\pi_i = \pi_i</math> | + | <math>\mbox{E}[Y_i] = \mbox{P}\{ Y_i =1 \} 1+ \mbox{P} \{ Y_i =0 \} 0 = \pi_i 1 + (1- \pi_i )0 =\pi_i\pi_i = \pi_i\,</math> |
</center> | </center> | ||
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− | <math>\mbox{E} [Y_i] = a + b X_i</math> | + | <math>\mbox{E} [Y_i] = a + b X_i\,</math> |
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− | したがって,倒産確率の推定は,回帰係数の定数項<math>(a)</math>と傾き<math>(b)</math>の推定値が得られれ | + | したがって,倒産確率の推定は,回帰係数の定数項<math>(a)\,</math>と傾き<math>(b)\,</math>の推定値が得られれ |
ば容易に計算できる.倒産確率推定にあたって,複数のリスクファクターを用いる場合 | ば容易に計算できる.倒産確率推定にあたって,複数のリスクファクターを用いる場合 | ||
は,多重線形回帰分析を用いればよい. | は,多重線形回帰分析を用いればよい. | ||
この方法は理解が容易かつ簡便ではあるが,次のような問題がある.それらは,1)こ | この方法は理解が容易かつ簡便ではあるが,次のような問題がある.それらは,1)こ | ||
− | のモデルでは誤差項が不均一分散をするため,得られた回帰係数の推定値<math>(\hat{a} , \hat{b})</math>の標準 | + | のモデルでは誤差項が不均一分散をするため,得られた回帰係数の推定値<math>(\hat{a} , \hat{b})\,</math>の標準 |
− | 誤差が過大推定になる,2)推定倒産確率<math>(\hat{\pi}_i = \mbox{E}[Y_i] = \hat{a} + \hat{b} X_i)</math>が<math>0</math>と<math>1</math>の間にある保証 | + | 誤差が過大推定になる,2)推定倒産確率<math>(\hat{\pi}_i = \mbox{E}[Y_i] = \hat{a} + \hat{b} X_i)\,</math>が<math>0\,</math>と<math>1\,</math>の間にある保証 |
がない.前者の問題は加重最小2乗法を適用することで解決できるが,後者の問題には, | がない.前者の問題は加重最小2乗法を適用することで解決できるが,後者の問題には, | ||
次に述べるロジット/プロビットなどの「定性的従属変数回帰モデル」を考える必要が | 次に述べるロジット/プロビットなどの「定性的従属変数回帰モデル」を考える必要が | ||
46行目: | 46行目: | ||
この方法は,観測できない当該企業の信用リスク度合いを表す確率変数を考え,それ | この方法は,観測できない当該企業の信用リスク度合いを表す確率変数を考え,それ | ||
− | が<math>K</math>個のリスクファクターの線形関数で説明できるとする.この信用リスク度合いと倒 | + | が<math>K\,</math>個のリスクファクターの線形関数で説明できるとする.この信用リスク度合いと倒 |
産・非倒産を示す二項確率変数との間を結ぶ非線形のリンク関数を考える.リンク関数 | 産・非倒産を示す二項確率変数との間を結ぶ非線形のリンク関数を考える.リンク関数 | ||
としては,推定倒産確率が1と0の間にあり,かつ最尤推定を行うにあたって用いる尤 | としては,推定倒産確率が1と0の間にあり,かつ最尤推定を行うにあたって用いる尤 | ||
77行目: | 77行目: | ||
信用リスクのある債券や株式は,その点を織り込んで市場価格が決定されているはずで | 信用リスクのある債券や株式は,その点を織り込んで市場価格が決定されているはずで | ||
ある.つまり,市場価格は倒産確率と回収率を用いて計算された期待キャッシュフロー | ある.つまり,市場価格は倒産確率と回収率を用いて計算された期待キャッシュフロー | ||
− | をリスクを調整した割引率で現在価値に引き戻したものとなる.たとえば,残存期間<math>T=2</math> | + | をリスクを調整した割引率で現在価値に引き戻したものとなる.たとえば,残存期間<math>T=2\,</math> |
− | 年で,1年に1回のクーポンの支払いを仮定したときのこの債券の市場価格<math>V_0(T)</math>は, | + | 年で,1年に1回のクーポンの支払いを仮定したときのこの債券の市場価格<math>V_0(T)\,</math>は, |
− | 各年の倒産確率を<math>p_t</math>,回収率を<math>\mu</math>,無リスク金利を<math>r_t</math>, | + | 各年の倒産確率を<math>p_t\,</math>,回収率を<math>\mu\,</math>,無リスク金利を<math>r_t\,</math>, |
各年のキャッシュフロー(クーポ | 各年のキャッシュフロー(クーポ | ||
− | ンあるいはクーポンと元本の支払い)を<math>C_t</math>,リスクプレミアムを<math>\alpha_t</math>とすれば, | + | ンあるいはクーポンと元本の支払い)を<math>C_t\,</math>,リスクプレミアムを<math>\alpha_t\,</math>とすれば, |
<center> | <center> | ||
<math>V_0 (2) = \frac{ \{ (p_1 \mu) + (1- p_1) \} C_1 }{(1 + r_1 + \alpha_1 )^1} | <math>V_0 (2) = \frac{ \{ (p_1 \mu) + (1- p_1) \} C_1 }{(1 + r_1 + \alpha_1 )^1} | ||
− | + \frac{\{ (1-p_1) (pi_2 \mu) + (1-p_1)(1-p_2) \}}{(1 + r_2 + \alpha_2 )^2}</math> | + | + \frac{\{ (1-p_1) (pi_2 \mu) + (1-p_1)(1-p_2) \}}{(1 + r_2 + \alpha_2 )^2}\,</math> |
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− | <math>V_0(1) = \frac{\{ (p_1 \mu) + (1-p_1) \} C_1 }{(1 + r_1 + \alpha_1 )^1 }</math> | + | <math>V_0(1) = \frac{\{ (p_1 \mu) + (1-p_1) \} C_1 }{(1 + r_1 + \alpha_1 )^1 }\,</math> |
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において,割引率,回収率の値がわかっていると仮定し,この式から,1年目の倒産確率 | において,割引率,回収率の値がわかっていると仮定し,この式から,1年目の倒産確率 | ||
− | <math>p_1</math>を求める.この結果を上の2期間債券の評価式に代入し,1年後から2年後の間に | + | <math>p_1\,</math>を求める.この結果を上の2期間債券の評価式に代入し,1年後から2年後の間に |
− | 倒産する確率<math>p_2</math>を求めることができる.以後この手続きを繰り返すことによって,倒産 | + | 倒産する確率<math>p_2\,</math>を求めることができる.以後この手続きを繰り返すことによって,倒産 |
− | 確率の期間構造<math>p_1 , p_2 , p_3 , \ldots</math>を推定することができる. | + | 確率の期間構造<math>p_1 , p_2 , p_3 , \ldots\,</math>を推定することができる. |
110行目: | 110行目: | ||
株価が成立していることは,企業のバランスシートを時価で評価したときに,資産の時価 | 株価が成立していることは,企業のバランスシートを時価で評価したときに,資産の時価 | ||
が負債の時価を上回っている,つまり債務超過状態に陥っていないことを意味している. | が負債の時価を上回っている,つまり債務超過状態に陥っていないことを意味している. | ||
− | すわなち,現在の株式時価総額<math>(E_0)</math>は,将来時点<math>(T)</math>の不確実な企業資産価値を<math>(\tilde{A}_r)</math>とし, | + | すわなち,現在の株式時価総額<math>(E_0)\,</math>は,将来時点<math>(T)\,</math>の不確実な企業資産価値を<math>(\tilde{A}_r)\,</math>とし, |
− | 負債価値を<math>D_T</math>とすれば,資産価値が負債価値を上回っている部分の期待現在価値, | + | 負債価値を<math>D_T\,</math>とすれば,資産価値が負債価値を上回っている部分の期待現在価値, |
− | つまり<math>E_0 = \mbox{PV}(\mbox{max}\{ \tilde{A}_r -D_T , 0 \} )</math>で表すことができる.ただし, ここで | + | つまり<math>E_0 = \mbox{PV}(\mbox{max}\{ \tilde{A}_r -D_T , 0 \} )\,</math>で表すことができる.ただし, ここで |
− | <math>\mbox{PV}(\bullet)</math>は<math>(\bullet)</math>内の | + | <math>\mbox{PV}(\bullet)\,</math>は<math>(\bullet)\,</math>内の |
現在価値を求めることを意味する.右辺は,企業資産を原証券とし,負債価値を行使 | 現在価値を求めることを意味する.右辺は,企業資産を原証券とし,負債価値を行使 | ||
価格とするコールオプションのペイオフを示しているから,有名なBlack-Scholesのヨー | 価格とするコールオプションのペイオフを示しているから,有名なBlack-Scholesのヨー | ||
120行目: | 120行目: | ||
<center> | <center> | ||
− | <math>E_0 = A_0 N (d_1^{\star}) - D_T e^{-r_{A^T}} N(d_2^{\star}) \ \ \ (1)</math> | + | <math>E_0 = A_0 N (d_1^{\star}) - D_T e^{-r_{A^T}} N(d_2^{\star}) \ \ \ (1)\,</math> |
</center> | </center> | ||
129行目: | 129行目: | ||
<center> | <center> | ||
<math>d_1^{\star}\equiv \frac{\ln (A_0 / D_T) + (r_f + \sigma^2_A / 2) T}{\sigma_A \sqrt{T}} | <math>d_1^{\star}\equiv \frac{\ln (A_0 / D_T) + (r_f + \sigma^2_A / 2) T}{\sigma_A \sqrt{T}} | ||
− | , \ \ \ d_2^{\star} = d_1^{\star} - \sigma_A \sqrt{T} \ \ \ (2)</math> | + | , \ \ \ d_2^{\star} = d_1^{\star} - \sigma_A \sqrt{T} \ \ \ (2)\,</math> |
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− | と表すことができる.式(1)の右辺第2項の<math>N(d_2^{\star})</math>は,原資産(企業資産)の満期時点の価 | + | と表すことができる.式(1)の右辺第2項の<math>N(d_2^{\star})\,</math>は,原資産(企業資産)の満期時点の価 |
値が行使価格(負債価値)を上回る(リスク中立世界のもとにおける)確率(インザマネー | 値が行使価格(負債価値)を上回る(リスク中立世界のもとにおける)確率(インザマネー | ||
− | の確率)を表している.逆に債務超過確率としての倒産確率は,<math> 1 - N(d_2^{\star})</math>で計算できる. | + | の確率)を表している.逆に債務超過確率としての倒産確率は,<math> 1 - N(d_2^{\star})\,</math>で計算できる. |
問題は,式(1),(2)において企業資産価値<math>(A_0)</math>,企業資産のポラティリティ<math>(\sigma_A^2)</math>を既知 | 問題は,式(1),(2)において企業資産価値<math>(A_0)</math>,企業資産のポラティリティ<math>(\sigma_A^2)</math>を既知 | ||
のデータからどのようにして推計するかである.森平(2000)では,式(1)を用いて,現 | のデータからどのようにして推計するかである.森平(2000)では,式(1)を用いて,現 | ||
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価ベースで均衡していると仮定した簡便法によるパラメータ推定方法を提唱している. | 価ベースで均衡していると仮定した簡便法によるパラメータ推定方法を提唱している. | ||
いずれの方法においても,資産のポラテイリティと株式のポラテイリティとの間の関係 | いずれの方法においても,資産のポラテイリティと株式のポラテイリティとの間の関係 | ||
− | 式,<math>\sigma_A = \sigma_E [(E_t / A_t) N (d_1 ^{\star})]</math>を用いる. | + | 式,<math>\sigma_A = \sigma_E [(E_t / A_t) N (d_1 ^{\star})]\,</math>を用いる. |
ただし,こうしたモデルを実際に適用するにあたっては,種々の問題点がある.たと | ただし,こうしたモデルを実際に適用するにあたっては,種々の問題点がある.たと | ||
えば, ①リスク中立評価,つまり倒産企業でも企業資産は金利で成長すると仮定できる | えば, ①リスク中立評価,つまり倒産企業でも企業資産は金利で成長すると仮定できる | ||
− | のか, ②将来時点<math>(T)</math>の決定, ③期限前倒産の可能性, ④債務超過が倒産を意味しない | + | のか, ②将来時点<math>(T)\,</math>の決定, ③期限前倒産の可能性, ④債務超過が倒産を意味しない |
ときの分析, ⑤金利の不確実性の影響, ⑥財務や格付けデータの利用可能性, といった | ときの分析, ⑤金利の不確実性の影響, ⑥財務や格付けデータの利用可能性, といった | ||
問題を解決しなければならない.しかし,上で説明した比較的単純な仮定に基づくモデ | 問題を解決しなければならない.しかし,上で説明した比較的単純な仮定に基づくモデ |
2007年8月24日 (金) 04:34時点における最新版
【とうさんかくりつのすいけい (estimation of default probability)】
倒産確率の推計の推定法には,大きく分けて,1)倒産・非倒産企業のデータを統計学や計量
経済学手法によって比較すること,2)信用リスクのある企業が発行する市場性のある債
券や株式などの価格からインプライドに推定する,という2つの方法がある.以下にそ
の代表的な方法を述べる.
■ 統計的方法
▼ 回帰モデルによる倒産確率推定
線形確率モデルの応用
倒産企業の事後的な倒産確率をとして,非倒産企業のそれをとしよう.このよう にして,番目の企業の例産確率を縦軸に,そして倒産・非倒産に影響を与えると思 われるリスクフアクター,たとえば番目の企業の負債比率を横軸としてプロット し,2変量線形回帰:分析を試みる.ここで,は 平均ゼロ,分散が不均一分散 する誤差項である.これから,番目の企業の推定倒産確率は,従属変数 の条条件付き期待値で示すことができる.なぜならば,
したがって,倒産確率の推定は,回帰係数の定数項と傾きの推定値が得られれ
ば容易に計算できる.倒産確率推定にあたって,複数のリスクファクターを用いる場合
は,多重線形回帰分析を用いればよい.
この方法は理解が容易かつ簡便ではあるが,次のような問題がある.それらは,1)こ のモデルでは誤差項が不均一分散をするため,得られた回帰係数の推定値の標準 誤差が過大推定になる,2)推定倒産確率がとの間にある保証 がない.前者の問題は加重最小2乗法を適用することで解決できるが,後者の問題には, 次に述べるロジット/プロビットなどの「定性的従属変数回帰モデル」を考える必要が ある.
定性的従属変数回帰モデルの応用
この方法は,観測できない当該企業の信用リスク度合いを表す確率変数を考え,それ が個のリスクファクターの線形関数で説明できるとする.この信用リスク度合いと倒 産・非倒産を示す二項確率変数との間を結ぶ非線形のリンク関数を考える.リンク関数 としては,推定倒産確率が1と0の間にあり,かつ最尤推定を行うにあたって用いる尤 度関数の計算が容易かつその最大値が保証できるようなものがのぞましい.こうしたも のには,ロジット関数,累積標準正規確率分布関数,Conpertz関数などがあるが,ロジッ 卜関数を用いる場合が多い.
▼ 倒産「率」推定モデル
経済全体あるいは特定の産業や地域で,一定の期間に生じた倒産件数と期首に存在し ていた企業数との比率をもって倒産「率」とし,これをマクロあるいはセミマクロ倒産 確率の推定値と定義することができる.このマクロ倒産率を,マクロ経済やその産業に 特有の経済変数によって説明するモデルを考え,倒産率がどのように変化をするかを予 測することが可能になる.同様な考え方は,特定の金融機関の有する融資ポートフォリ オにも適用可能であり,資産負債管理や適切な引当率の計算にあたって有効であろう.
このような倒産率の推定モデルのもつ問題を修正し,かつ拡張するにあたっては次の ような点が考えられる.第一に,倒産件数は倒産の規模を反映しない.零細企業と東証 1部上場企業の倒産を同列に論ずることはできないから,倒産率の計算にあたり,企業 の規模を表す,負債,売上げ,従業員数,総資産などで件数を加重することが必要にな るかもしれない.第二に,通常の回帰モデルの適用は,誤差項が不均一分散をするので, 適切でない.この点を修正した加重最小2乗法の適用がのぞましい.これらの点を考慮 したロジット/プロビット分析による倒産確率推定についての詳しい説明は,森平(1999) を参照のこと.
■ 現物株式・債券価格評価式から得られるインプライド倒産確率
信用リスクのある債券や株式は,その点を織り込んで市場価格が決定されているはずで ある.つまり,市場価格は倒産確率と回収率を用いて計算された期待キャッシュフロー をリスクを調整した割引率で現在価値に引き戻したものとなる.たとえば,残存期間 年で,1年に1回のクーポンの支払いを仮定したときのこの債券の市場価格は, 各年の倒産確率を,回収率を,無リスク金利を, 各年のキャッシュフロー(クーポ ンあるいはクーポンと元本の支払い)を,リスクプレミアムをとすれば,
となるはずである.格付けごとの倒産確率をだすためには,まずこの格付けクラスに属
する残存期間1年の割引債価格
において,割引率,回収率の値がわかっていると仮定し,この式から,1年目の倒産確率
を求める.この結果を上の2期間債券の評価式に代入し,1年後から2年後の間に
倒産する確率を求めることができる.以後この手続きを繰り返すことによって,倒産
確率の期間構造を推定することができる.
▼ オプションアプローチ
上と同様なことを,派生証券価格決定モデルを用いて行うこともできる.株式市場で 株価が成立していることは,企業のバランスシートを時価で評価したときに,資産の時価 が負債の時価を上回っている,つまり債務超過状態に陥っていないことを意味している. すわなち,現在の株式時価総額は,将来時点の不確実な企業資産価値をとし, 負債価値をとすれば,資産価値が負債価値を上回っている部分の期待現在価値, つまりで表すことができる.ただし, ここで は内の 現在価値を求めることを意味する.右辺は,企業資産を原証券とし,負債価値を行使 価格とするコールオプションのペイオフを示しているから,有名なBlack-Scholesのヨー ロピアンコール式を用いて,
ただし,ここで,
と表すことができる.式(1)の右辺第2項のは,原資産(企業資産)の満期時点の価 値が行使価格(負債価値)を上回る(リスク中立世界のもとにおける)確率(インザマネー の確率)を表している.逆に債務超過確率としての倒産確率は,で計算できる. 問題は,式(1),(2)において企業資産価値,企業資産のポラティリティを既知 のデータからどのようにして推計するかである.森平(2000)では,式(1)を用いて,現 在の株価と株式投資収益率のボラテイリテイとを入カデータとした繰り返し計算を用い る方法を,森平(1997)では,現在時点では企業のパランスシートの資産側と負債側が時 価ベースで均衡していると仮定した簡便法によるパラメータ推定方法を提唱している. いずれの方法においても,資産のポラテイリティと株式のポラテイリティとの間の関係 式,を用いる.
ただし,こうしたモデルを実際に適用するにあたっては,種々の問題点がある.たと えば, ①リスク中立評価,つまり倒産企業でも企業資産は金利で成長すると仮定できる のか, ②将来時点の決定, ③期限前倒産の可能性, ④債務超過が倒産を意味しない ときの分析, ⑤金利の不確実性の影響, ⑥財務や格付けデータの利用可能性, といった 問題を解決しなければならない.しかし,上で説明した比較的単純な仮定に基づくモデ ルは,倒産企業を予測するにあたり,より精緻なモデルと比較して比較的よい結果をも たらしている.詳しくは,森平(1997; 2000a; 2000b)を参照のこと.
■ 倒産確率の期間構造推定
以上のいずれの方法によっても,推定できるのは将来の1時点の倒産確率,あるいは その時点までの累積の倒産確率である.これに対し,将来キャッシュフローの期待値を 計算する場合,キャッシュフローの発生する期間に対応する倒産確率が必要になる.こ のための方法が,統計的な生存時間分析(デュレーション,故障時間,イベントヒスト リー分析など)の適用である.その方法としては, ①生命表の作成にみられるように過去 のデフォルト債券や倒産企業の生存時間履歴から直接求める方法, ②生存時間確率をい くつかのリスクファクターによって説明するモデルを推定し,間接的に倒産確率の期間 構造を求めようとする方法, の2つがある.より詳しい点に関しては,森平(2000c)を 参照のこと.また最近は,債券やクレジットデリバティプの市場価格データから,倒産 確率の期間構造を推定しようとする試みもある.
参考文献
[1] 森平爽一郎(1997), "倒産確率推定のオブションアプローチ," 証券アナリストジャーナル,10月.
[2] 森平爽一郎(1998), "倒産確率の推定と信用リスク管理:展望," ジャフィージャーナル, 日本金融証券計量工学会, 3月, 東洋経済新報社.
[3] 森平爽―郎(1999), "信用リスクの測定と管理(2):定性的従属変数モデルによる倒産確率の推定," 証 券アナリストジャーナル, 10月.
[4] 森平爽一郎(2000), "信用リスクの測定と管理(3):オブションモデルによる倒産確率推定:基礎," 証 券アナリストジャーナル, 38(1).
[5] 森平爽―郎(2000b), "信用リスクの測定と管理(4):オプシヨンモデルによる倒産確率推定:拡張と応用," 証 券アナリストジャーナル, 38(3).
[6] 森平爽一郎(2000c), "信用リスクの測定と管理(5):倒産確率の期間構造推定," 証 券アナリストジャーナル, 38(5).