「《生物学における進化ゲーム理論》」の版間の差分

提供: ORWiki
ナビゲーションに移動 検索に移動
(新しいページ: '【せいぶつがくにおけるしんかげーむりろん (evolutionary game theory in biology) 】  メーナード・スミス(J. Maynard Smith)はゲーム理論...')
 
 
(4人の利用者による、間の4版が非表示)
1行目: 1行目:
【せいぶつがくにおけるしんかげーむりろん (evolutionary game theory in biology) 】
+
'''【せいぶつがくにおけるしんかげーむりろん (evolutionary game theory in biology) 】'''
  
 
 メーナード・スミス(J. Maynard Smith)はゲーム理論をもとに生物学における進化ゲーム理論を発展させた[1]。最近では社会科学の分野でも進化ゲーム理論は注目を浴びつつあり、社会科学上未解決だった問題を生物学における自然選択のアナロジーを用いて解決しようとしている。
 
 メーナード・スミス(J. Maynard Smith)はゲーム理論をもとに生物学における進化ゲーム理論を発展させた[1]。最近では社会科学の分野でも進化ゲーム理論は注目を浴びつつあり、社会科学上未解決だった問題を生物学における自然選択のアナロジーを用いて解決しようとしている。
9行目: 9行目:
 
 メイナード・スミスとプライス(J. Maynard Smith and G. R. Price)によると、
 
 メイナード・スミスとプライス(J. Maynard Smith and G. R. Price)によると、
  
E[A, A] > E[B, A]  
+
 
 +
<center><math>E[A, A] > E[B, A]\, </math>
 +
</center>
 +
 
  
 
あるいは、
 
あるいは、
  
E[A, A] = E[B, A] かつE[A, B] > E[B, B]
 
  
が成り立つときに、戦略Aは進化的に安定であるという[1]。ただし、$E[A, B]$は形質Aと形質Bがゲームをしたときの形質Aの利得(適応度)である。
+
<center>
 +
<math>E[A, A] = E[B, A] \, </math>かつ<math>E[A, B] > E[B, B]\, </math>
 +
</center>
 +
 
 +
 
 +
が成り立つときに、戦略Aは進化的に安定であるという[1]。ただし、<math>E[A, B]\, </math>は形質Aと形質Bがゲームをしたときの形質Aの利得(適応度)である。
 +
 
 +
 以下では、資源を巡る競争を表すタカハトゲームを例に挙げる[1]。各プレーヤーはタカ戦略とハト戦略のどちらかを採る形質を備えている。タカは資源を巡って実際に戦う攻撃的な戦略であり、ハトは平和的に解決する戦略である。両方ハト戦略の場合には資源量<math>V\, </math>を等分する。一方がハトで一方がタカであれば、タカがすべての資源量<math>V\, </math>を得、ハトは何も得られない。両方タカの場合には実際に対戦し体力消耗などのコスト<math>C\, </math>を被るため、平均利得は<math>(V-C)/2\, </math>となる。資源量が対戦コストより大きく<math>V > C\, </math>であれば、進化的に安定な純粋戦略はタカ戦略である。もし資源量より対戦コストが大きく<math>V < C\, </math>であれば、タカもハトも進化的に安定な戦略ではなくなる。混合戦略<math>(p,1-p)\, </math>(<math>p,1-p\, </math>はそれぞれタカ戦略,ハト戦略を用いる確率)まで考えると、混合戦略が進化的安定になる条件を与えるBishop & Cannings(1978) の定理を用いることにより[1]、
 +
 
  
 以下では、資源を巡る競争を表すタカハトゲームを例に挙げる[1]。各プレーヤーはタカ戦略とハト戦略のどちらかを採る形質を備えている。タカは資源を巡って実際に戦う攻撃的な戦略であり、ハトは平和的に解決する戦略である。両方ハト戦略の場合には資源量$V$を等分する。一方がハトで一方がタカであれば、タカがすべての資源量$V$を得、ハトは何も得られない。両方タカの場合には実際に対戦し体力消耗などのコスト$C$を被るため、平均利得は$(V-C)/2$となる。資源量が対戦コストより大きく$V > C$であれば、進化的に安定な純粋戦略はタカ戦略である。もし資源量より対戦コストが大きく$V < C$であれば、タカもハトも進化的に安定な戦略ではなくなる。混合戦略$(p,1-p)$($p,1-p$はそれぞれタカ戦略,ハト戦略を用いる確率)まで考えると、混合戦略が進化的安定になる条件を与えるBishop \& Cannings(1978) の定理を用いることにより[1]
+
<center>
 +
<math>E[\, </math>タカ<math>, ~(p,1-p)] = E[\, </math>ハト<math>, ~(p,1-p)],\, </math>
 +
</center>
  
E[タカ, ~(p,1-p)] = E[ハト, ~(p,1-p)],
 
  
が成り立たなければならない。この式から$p = V/C $が得られ、$(V/C, 1-V/C)$が進化的に安定な混合戦略となる。
+
が成り立たなければならない。この式から<math>p = V/C\, </math> が得られ、<math>(V/C, 1-V/C)\, </math>が進化的に安定な混合戦略となる。
  
 
 以上の例では、利得が戦略のみに依存する対称ゲームであったが、性別や年齢、社会的立場によって利得が異なる非対称ゲームとなることもある。例えば、親の性別による子の世話を考えると、父親と母親では適応度が異なってくる。オスの場合は、子育てよりも他のメスと交尾した方が適応度が上昇するかもしれない。メスも世話をするより、沢山の卵を産みっぱなしにして子育てを放棄するという戦略もあり得る。また、子育てによって子供の生存率は上がるならば子育てに専念した方がよいであろう。メーナード・スミス[1]によると、子育てする場合としない場合とでオスが別のメスに出会う確率があまり変わらない場合や、片親で育てた時の子供の生存率が両親で育てた時の生存率よりかなり低いという場合には、両親が子育てすることがESSとなる。また、両親とも子育てしない時の子の生存率がどちらかが子育てする時の生存率よりかなり低い時には片親による子育てが進化的に安定になるが、オスにとって子育てしない方が次の交尾相手に出会う確率が高ければオスが子育てを放棄しメスのみが子育てをする、というような結果が得られている。
 
 以上の例では、利得が戦略のみに依存する対称ゲームであったが、性別や年齢、社会的立場によって利得が異なる非対称ゲームとなることもある。例えば、親の性別による子の世話を考えると、父親と母親では適応度が異なってくる。オスの場合は、子育てよりも他のメスと交尾した方が適応度が上昇するかもしれない。メスも世話をするより、沢山の卵を産みっぱなしにして子育てを放棄するという戦略もあり得る。また、子育てによって子供の生存率は上がるならば子育てに専念した方がよいであろう。メーナード・スミス[1]によると、子育てする場合としない場合とでオスが別のメスに出会う確率があまり変わらない場合や、片親で育てた時の子供の生存率が両親で育てた時の生存率よりかなり低いという場合には、両親が子育てすることがESSとなる。また、両親とも子育てしない時の子の生存率がどちらかが子育てする時の生存率よりかなり低い時には片親による子育てが進化的に安定になるが、オスにとって子育てしない方が次の交尾相手に出会う確率が高ければオスが子育てを放棄しメスのみが子育てをする、というような結果が得られている。
  
 以上ではゲームの利得行列をもとに進化的に安定な戦略を説明したが、各戦略を採用するプレーヤーの頻度の時間変化や進化的に安定な戦略へ収束するまでの集団動態を知るには、リプリケーターダイナミクスが有効である[5](「進化と学習のゲーム理論」を参照)。ただ、リプリケーターダイナミクスでは、高い利得を得た戦略が世代毎に増えていくことを前提としているが、生物学的に現実に忠実にモデル化しようとすると、このような前提のみでは不十分な場合があるので注意しなければならない[6]。
+
 以上ではゲームの利得行列をもとに進化的に安定な戦略を説明したが、各戦略を採用するプレーヤーの頻度の時間変化や進化的に安定な戦略へ収束するまでの集団動態を知るには、リプリケーターダイナミクスが有効である[5]
 +
(「[[《進化と学習のゲーム理論》|進化と学習のゲーム理論]]」を参照)。
 +
ただ、リプリケーターダイナミクスでは、高い利得を得た戦略が世代毎に増えていくことを前提としているが、生物学的に現実に忠実にモデル化しようとすると、このような前提のみでは不十分な場合があるので注意しなければならない[6]。
  
 
 以上では形質が離散的に異なる場合であったが、形質が連続量であり突然変異によって形質が徐々に変化していく場合もある。樹高を例に取ると、周囲の木との光を巡る競争ではできるだけ高いほうがよいが、逆に高すぎると維持コストがかかるというトレードオフがあり、進化ゲーム理論によって最適な樹高を計算することができる[7]。
 
 以上では形質が離散的に異なる場合であったが、形質が連続量であり突然変異によって形質が徐々に変化していく場合もある。樹高を例に取ると、周囲の木との光を巡る競争ではできるだけ高いほうがよいが、逆に高すぎると維持コストがかかるというトレードオフがあり、進化ゲーム理論によって最適な樹高を計算することができる[7]。
  
 以下では連続形質の進化的に安定な戦略の定義を説明する。形質$x$ ($x$は形質の連続量。たとえば樹高など) の占めている集団へ突然変異型$y$が侵入したときの、突然変異型$y$の適応度関数を$\phi (y,x)$と定義する。ESSである形質を$x^*$とすると、$y$$x^*$の近傍である時、
+
 以下では連続形質の進化的に安定な戦略の定義を説明する。形質<math>x\, </math> (<math>x\, </math>は形質の連続量。たとえば樹高など) の占めている集団へ突然変異型<math>y\, </math>が侵入したときの、突然変異型<math>y\, </math>の適応度関数を<math>\phi (y,x)\, </math>と定義する。ESSである形質を<math>x^*\, </math>とすると、<math>y\, </math><math>x^*\, </math>の近傍である時、
  
\frac{\partial \phi (y,x)}{\partial y}\Bigg|_{y=x=x^*} =0 [[利用者:122.26.167.76|122.26.167.76]] and [[利用者:122.26.167.76|122.26.167.76]] \frac{\partial^2 \phi (y,x)}{\partial y^2} \Bigg|_{y=x=x^*} <0
 
  
つまり$\phi (y,x)$が極大値となる $y=x=x^*$が ESSとなる。連続形質の進化のいま1つの例として性比を考える。多くの生物ではオスメス比が$1:1$であり、これが当たり前のようであるが、オスを少なく産んでメスを多く産んだ方が子孫が多くなるのではないであろうか。そうだとすると何故$1:1$なのであろうか。フィッシャー(R. A. Fisher)は、子供の数だけでなく、孫の数に着目して適応度を定義した上で進化ゲーム理論による解析を行い、任意交配で集団サイズが十分大きな時には性比が$1:1$の状態が進化的に安定であることを示した [2][3][4][7]。
+
<center>
 +
<math>\frac{\partial \phi (y,x)}{\partial y}\Bigg|_{y=x=x^*} =0
 +
\ \ and  \ \ \frac{\partial^2 \phi (y,x)}{\partial y^2} \Bigg|_{y=x=x^*} <0\, </math>
 +
</center>
  
 上記のESSの定義だけでは、いかなる変異型も$x^*$には侵入できないというだけであり、集団の形質値が$x^*$ から少しずれただけで安定性が崩れる可能性もある。集団の形質値$x$がESSである$x^*$からずれている時、変異体$y$(ただし、$x$より$x^*$に近い形質値。$x < y < x^*$ あるいは $x^* < y < x$)に侵入される場合を連続進化可能な戦略(CSS: continuously stable strategy)という[8]。つまり$x^*$がCSSの時は、変異によって野生型が$x^*$からずれて$x$となっても、時間が経つとまた$x^*$へ戻るのである。
 
  
 以上の進化ゲームによる分析では、適応度関数 を定義しなければならない。一方、アダプティブ・ダイナミクス(adaptive dynamics)では個体群動態の式(集団中のある形質の頻度の時間変化)から適応度関数$\phi (y,x)$に相当するある関数(invasion fitness)を導出するだけで、ESSやCSSだけではなく共存可能な条件や分岐(branching)条件を得る事が可能となる[9]。
+
つまり<math>\phi (y,x)\, </math>が極大値となる <math>y=x=x^*\, </math>が ESSとなる。連続形質の進化のいま1つの例として性比を考える。多くの生物ではオスメス比が<math>1:1\, </math>であり、これが当たり前のようであるが、オスを少なく産んでメスを多く産んだ方が子孫が多くなるのではないであろうか。そうだとすると何故<math>1:1\, </math>なのであろうか。フィッシャー(R. A. Fisher)は、子供の数だけでなく、孫の数に着目して適応度を定義した上で進化ゲーム理論による解析を行い、任意交配で集団サイズが十分大きな時には性比が<math>1:1\, </math>の状態が進化的に安定であることを示した [2][3][4][7]。
 +
 
 +
 上記のESSの定義だけでは、いかなる変異型も<math>x^*\, </math>には侵入できないというだけであり、集団の形質値が<math>x^*\, </math> から少しずれただけで安定性が崩れる可能性もある。集団の形質値<math>x\, </math>がESSである<math>x^*\, </math>からずれている時、変異体<math>y\, </math>(ただし、<math>x\, </math>より<math>x^*\, </math>に近い形質値。<math>x < y < x^*\, </math> あるいは <math>x^* < y < x\, </math>)に侵入される場合を連続進化可能な戦略(CSS: continuously stable strategy)という[8]。つまり<math>x^*\, </math>がCSSの時は、変異によって野生型が<math>x^*\, </math>からずれて<math>x\, </math>となっても、時間が経つとまた<math>x^*\, </math>へ戻るのである。
 +
 
 +
 以上の進化ゲームによる分析では、適応度関数 を定義しなければならない。一方、アダプティブ・ダイナミクス(adaptive dynamics)では個体群動態の式(集団中のある形質の頻度の時間変化)から適応度関数<math>\phi (y,x)\, </math>に相当するある関数(invasion fitness)を導出するだけで、ESSやCSSだけではなく共存可能な条件や分岐(branching)条件を得る事が可能となる[9]。
  
 
 以上、生物の進化ゲームの紹介をしてきたが、人間も生物の一員である以上は、ある形質に関しては生物進化の観点からの進化ゲーム研究も可能であろう。たとえば言語能力や文化、規範、道徳、制度などについて生物進化の観点からの数理モデル解析が進められている[10][11][12][13]。これらの分析は、従来の研究にはなかった全く新たな視点を与えるものであり、これからの発展が大いに期待されている。
 
 以上、生物の進化ゲームの紹介をしてきたが、人間も生物の一員である以上は、ある形質に関しては生物進化の観点からの進化ゲーム研究も可能であろう。たとえば言語能力や文化、規範、道徳、制度などについて生物進化の観点からの数理モデル解析が進められている[10][11][12][13]。これらの分析は、従来の研究にはなかった全く新たな視点を与えるものであり、これからの発展が大いに期待されている。
44行目: 62行目:
  
 
----
 
----
 
 
'''参考文献'''
 
'''参考文献'''
  
72行目: 89行目:
  
 
[13] A. Cangelosi, D. Parisi (Eds), ''Simulating the Evolution of Language'', Springer-Verlag, 2002.
 
[13] A. Cangelosi, D. Parisi (Eds), ''Simulating the Evolution of Language'', Springer-Verlag, 2002.
 +
 +
[[category:ゲーム理論|せいぶつがくにおけるしんかげーむりろん]]

2007年8月9日 (木) 16:35時点における最新版

【せいぶつがくにおけるしんかげーむりろん (evolutionary game theory in biology) 】

 メーナード・スミス(J. Maynard Smith)はゲーム理論をもとに生物学における進化ゲーム理論を発展させた[1]。最近では社会科学の分野でも進化ゲーム理論は注目を浴びつつあり、社会科学上未解決だった問題を生物学における自然選択のアナロジーを用いて解決しようとしている。

 生物学における進化ゲーム理論では自然選択説による進化が前提となる。まずは重要な指標である「適応度」の定義をしよう。適応度とは、繁殖齢の個体が出産する子供の数にその子供が繁殖齢になるまでの生存率をかけたものである。適応度は生物の置かれた自然環境や生物自身が作り出す社会環境からも影響を受ける。生物個体同士の種内・種間相互作用が適応度に影響を与える時に進化ゲーム理論が適用可能となり、ゲーム理論での利得や効用に当たる尺度として適応度が用いられる。

 自然選択による進化のためには、選択(あるいは淘汰)、変異、遺伝の3つの要素が必要であり、基本的には1つでも欠けると進化は生じない[2][3][4]。例として、集団をある形質A が占めていて、形質Aが「変異」して形質Bが生じる場合を考えてみる。「形質」とは、進化生物学における専門用語であり、各個体に備わっている形や性質である。形質Aを野生型(wild type)、形質Bを突然変異型と呼ぶ。子供へ形質Bが「遺伝」し、形質Aよりも適応度が高ければ、つまり、「選択」(あるいは「淘汰」)が生じれば、形質Bは自然選択によって進化する。もし、形質Aが形質B に取って代わられることがなければ、形質Aは進化的に安定な戦略(ESS: evolutionarily stable strategy)であるという。一般のゲーム理論では、戦略とは各プレイヤーが意思を持って選択する行動計画であるが、進化ゲーム理論ではそうでなく、各個体に備わっている形質そのもの,ないしは形質によって定まる行動を戦略と呼ぶ。

 メイナード・スミスとプライス(J. Maynard Smith and G. R. Price)によると、



あるいは、


かつ


が成り立つときに、戦略Aは進化的に安定であるという[1]。ただし、は形質Aと形質Bがゲームをしたときの形質Aの利得(適応度)である。

 以下では、資源を巡る競争を表すタカハトゲームを例に挙げる[1]。各プレーヤーはタカ戦略とハト戦略のどちらかを採る形質を備えている。タカは資源を巡って実際に戦う攻撃的な戦略であり、ハトは平和的に解決する戦略である。両方ハト戦略の場合には資源量を等分する。一方がハトで一方がタカであれば、タカがすべての資源量を得、ハトは何も得られない。両方タカの場合には実際に対戦し体力消耗などのコストを被るため、平均利得はとなる。資源量が対戦コストより大きくであれば、進化的に安定な純粋戦略はタカ戦略である。もし資源量より対戦コストが大きくであれば、タカもハトも進化的に安定な戦略ではなくなる。混合戦略はそれぞれタカ戦略,ハト戦略を用いる確率)まで考えると、混合戦略が進化的安定になる条件を与えるBishop & Cannings(1978) の定理を用いることにより[1]、


タカハト


が成り立たなければならない。この式から が得られ、が進化的に安定な混合戦略となる。

 以上の例では、利得が戦略のみに依存する対称ゲームであったが、性別や年齢、社会的立場によって利得が異なる非対称ゲームとなることもある。例えば、親の性別による子の世話を考えると、父親と母親では適応度が異なってくる。オスの場合は、子育てよりも他のメスと交尾した方が適応度が上昇するかもしれない。メスも世話をするより、沢山の卵を産みっぱなしにして子育てを放棄するという戦略もあり得る。また、子育てによって子供の生存率は上がるならば子育てに専念した方がよいであろう。メーナード・スミス[1]によると、子育てする場合としない場合とでオスが別のメスに出会う確率があまり変わらない場合や、片親で育てた時の子供の生存率が両親で育てた時の生存率よりかなり低いという場合には、両親が子育てすることがESSとなる。また、両親とも子育てしない時の子の生存率がどちらかが子育てする時の生存率よりかなり低い時には片親による子育てが進化的に安定になるが、オスにとって子育てしない方が次の交尾相手に出会う確率が高ければオスが子育てを放棄しメスのみが子育てをする、というような結果が得られている。

 以上ではゲームの利得行列をもとに進化的に安定な戦略を説明したが、各戦略を採用するプレーヤーの頻度の時間変化や進化的に安定な戦略へ収束するまでの集団動態を知るには、リプリケーターダイナミクスが有効である[5] (「進化と学習のゲーム理論」を参照)。 ただ、リプリケーターダイナミクスでは、高い利得を得た戦略が世代毎に増えていくことを前提としているが、生物学的に現実に忠実にモデル化しようとすると、このような前提のみでは不十分な場合があるので注意しなければならない[6]。

 以上では形質が離散的に異なる場合であったが、形質が連続量であり突然変異によって形質が徐々に変化していく場合もある。樹高を例に取ると、周囲の木との光を巡る競争ではできるだけ高いほうがよいが、逆に高すぎると維持コストがかかるというトレードオフがあり、進化ゲーム理論によって最適な樹高を計算することができる[7]。

 以下では連続形質の進化的に安定な戦略の定義を説明する。形質 (は形質の連続量。たとえば樹高など) の占めている集団へ突然変異型が侵入したときの、突然変異型の適応度関数をと定義する。ESSである形質をとすると、の近傍である時、



つまりが極大値となる が ESSとなる。連続形質の進化のいま1つの例として性比を考える。多くの生物ではオスメス比がであり、これが当たり前のようであるが、オスを少なく産んでメスを多く産んだ方が子孫が多くなるのではないであろうか。そうだとすると何故なのであろうか。フィッシャー(R. A. Fisher)は、子供の数だけでなく、孫の数に着目して適応度を定義した上で進化ゲーム理論による解析を行い、任意交配で集団サイズが十分大きな時には性比がの状態が進化的に安定であることを示した [2][3][4][7]。

 上記のESSの定義だけでは、いかなる変異型もには侵入できないというだけであり、集団の形質値が から少しずれただけで安定性が崩れる可能性もある。集団の形質値がESSであるからずれている時、変異体(ただし、よりに近い形質値。 あるいは )に侵入される場合を連続進化可能な戦略(CSS: continuously stable strategy)という[8]。つまりがCSSの時は、変異によって野生型がからずれてとなっても、時間が経つとまたへ戻るのである。

 以上の進化ゲームによる分析では、適応度関数 を定義しなければならない。一方、アダプティブ・ダイナミクス(adaptive dynamics)では個体群動態の式(集団中のある形質の頻度の時間変化)から適応度関数に相当するある関数(invasion fitness)を導出するだけで、ESSやCSSだけではなく共存可能な条件や分岐(branching)条件を得る事が可能となる[9]。

 以上、生物の進化ゲームの紹介をしてきたが、人間も生物の一員である以上は、ある形質に関しては生物進化の観点からの進化ゲーム研究も可能であろう。たとえば言語能力や文化、規範、道徳、制度などについて生物進化の観点からの数理モデル解析が進められている[10][11][12][13]。これらの分析は、従来の研究にはなかった全く新たな視点を与えるものであり、これからの発展が大いに期待されている。



参考文献

[1] J. Maynard Smith, "Evolution and the Theory of Games," Cambridge University Pres, 1982. 寺本英, 梯正之 訳, 『進化とゲーム理論』, 産業図書, 1985.

[2] 粕谷英一, 『行動生態学入門』, 東海大学出版会, 1990.

[3] 酒井聡樹, 高田壮則, 近雅博, 『生き物の進化ゲーム』, 共立出版, 1999.

[4] 嶋田正和, 山村則男, 粕谷英一, 伊藤嘉昭, 『動物生態学 新版』, 海游舎, 2005.

[5] J. Hofbauer, K. Sigmund, "Evolutionary Games and Population Dynamics," Cambridge University Press, 1998. 竹内康博, 佐藤一憲, 宮崎倫子 訳, 『進化ゲームと微分方程式』, 現代数学社, 2001.

[6] M. Nakamaru and Y. Iwasa, "The evolution of altruism by costly punishment in the lattice structured population: score-dependent viability versus score-dependent fertility," Evolutionary Ecology Research, 7 (2005), 853-870.

[7] 巌佐庸, 『数理生物学入門』, 共立出版, 1992.

[8] I. Eshel, "Evolutionary and Continuous Stability," Journal of Theoretical Biology, 103 (1983), 99-111.

[9] O. Diekmann, A Beginner's Guide to Adaptive Dynamics, Mathematical Modelling of Population Dynamics, Banach Center Publications, Vol. 63, Institute of Mathematics Polish Academy of Sciences, Warszawa, 2004.

[10] L. L. Cavalli-Sforza, M. W. Feldman, Cultural Transimission and Evolution: A Quantitative Approach, Princeton University Press, 1981.

[11] R. Boyd, P. J. Richerson, Culture and the Evolutionary Process, Chicago University Press, 1985.

[12] F. J. Odling-Smee, K. L. Laland, M. W. Feldman, Niche construction, Princeton University Press, 2003.

[13] A. Cangelosi, D. Parisi (Eds), Simulating the Evolution of Language, Springer-Verlag, 2002.