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2007年7月9日 (月) 11:43時点における版
【しすてむぶんせき (systems analysis)】
第2次世界大戦後, 米国のランド・コーポレーション(The Rand Corporation)の分析家達は, 軍事問題の分析活動における華々しい成功体験をもとに, 自ら彼らの分析活動をシステム分析(Systems Analysis)と命名した. その誕生の歴史的な背景についてクエイド(Quade),ブッチャー(Boucher)[10], は, 次のように述べている.「兵器開発は数年の歳月を要するものであるために, これらの諸研究は, もはやインプットが既知で, 目的も明確な, そして不確定性の限られているようなオペレーションだけを扱っているわけにはいかなくなってしまったのである. 1950年以降になると, 兵器システムの分析者(とくに, ランド・コーポレーション)は, 国家安全保障に関する政策や戦略の問題をその研究対象に含め, これらの諸問題に関する分析評価および研究を推進した([10], 訳書, p.3)」.
システム分析は, この軍事分野での成功を踏まえて, その後, 公共部門の問題の分析へも広範に適用されることとなった.システム分析の対象とする問題は, 例えば, 軍事分野では, 将来の兵力構成とか新しい兵器体系が対象とする環境(未来の戦場, 将来の相手等)に適切に機能するものかどうかの分析[10], 公共部門では, 水資源開発プロジェクト[6], 地域消防システム等[7], および工業開発を主軸とする地域開発計画等[5]に関する分析評価である.
[システム分析の定義]
システム分析については, 様々な人がさまざまに定義しているが, 一般的で, 平易な定義としてフィッシャー(Fisher)から引用する([2]訳書, p.7).
- システム分析は, 次のやり方で将来の望ましい行動方針(course of action) を選択する上で意思決定者(decision maker)を助けようとする調査行為である.
- 関連した諸目標とそれらを達成するためのいろいろな政策や戦略を組織的に検討し, さらに再検討する.
- 各種代替案(alternatives)の費用(cost), 効果(effectiveness)/便益リスク(risk), さらに, できる場合はいつでもこれらを数量で比較する.
[システム分析の手順]
クエイド, ブッチャー[10]の考え方を基に, システム分析の手順を概説する. まず, システム分析者は, 依頼主から提起された問題の定式化(概念形成)の段階から入る. すなわち, 問題の対象とする範囲及び問題の性格を把握し, 分析の正しい目的を設定する. 問題の範囲は, 意思決定のレベルにより, 階層的に整理する, すなわち, 全体システムの目的から問題の目的(部分目的)へと展開し, 問題の全体構造を把握する. この場合, 「目的を誤るということは, 誤った問題を解決しようとしたという意味で致命的である[10]訳書, p.40)」という警句は, 肝に銘ずべきである. さらに, 将来の望ましい行動方針等を選択するための望ましさを計る評価基準(criterion) を探す. 評価基準は, 選択する案のもたらす費用であったり, 効果や便益等が考えられる. 評価基準の設定で注意すべきことの第1は, 目的に合った評価基準を設定する, 第2に, 対象範囲外の条件は固定して最適化を図ることである. すなわち, 意思決定の問題のレベルを限定し, 上のレベルの決定および同一レベルの他の部門の決定を所与とみなし分析を行う. これを部分最適化と呼ぶ. この場合, 問題に関する目的(部分目的)はシステム全体の望ましい方向と首尾一貫していることが肝心であり, その評価基準も全体が目指す方向(全体目的)に一致するように 設定するのが重要である.
次は, 調査(研究)の段階である. 問題に関連するデータ, 各要素間の関係式の整理, および将来の望ましい行動方針を示すであろう各種代替案(alternatives)を作成する. 評価(分析)の段階においては, 関連データと各要素間の関係式を基にして, 対象とする問題状況を表現するモデルを作成する. これらのモデルを操作することにより, 各々の代替案の結果を産出し, 費用対効果(便益)分析(cost-effectiveness(benefit) analysis)とか,トレードオフ分析(trade-off analyses)を実施して, 各種代替案の比較を行う. さらに, この場合, 問題状況等の不確定性に関する分析も併せ実施することは, 重要である. よく用いられる方法としては, 決定を引き延ばす(時間を買う, buy time)とか, 両掛け(hedge)と時間を買う戦略の組み合わせにより, 選択に柔軟性を持たせる([10]訳書, pp.95-96)とか,感度分析(sensitivity analysis),状況変異分析(contingency analysis),追証分析(a fortiori analysis)がある([2]訳書, p.14).
最後の解釈(判断)の段階においては, モデルから産出された予測結果のみならず, その他の関連情報(特に, 計量化できなかった要素, 省略された要素)を考慮しつつ, 結果の解釈を実施し, 望ましい行動方針を導き出す, さらに, 可能な場合, 検証を実施する. このようなプロセスは, 最終的に導かれた評価結果が依頼主の満足のいくものかどうか, また, 各段階での前提条件等の設定の妥当性があるのか等を常に検討しながら進めてゆくことから, 段階的というよりは反復的かつ循環的な過程である.
[費用対効果(便益)分析の考え方]
費用対効果(便益)分析とは, 選択しようとしているシステムが, その費用に値する効果ないしは便益を生み出すものなのか否かを評価するアプローチである. したがって, この分析で扱うシステムの費用とは, システムの購入費用だけでなく, 研究開発段階, 初度のシステム導入に伴う経費からそのシステムの運用開始から退役までの運用経費の総計, すなわち トータルライフサイクル費用(total life cycle cost) である([8], p.432). また, フィッシャーは, 「別の案, 放棄した機会, といった中にこそ, いつも"費用(代替費用: alternative cost ; 機会費用: opportunity costなども吟味する)" のほんとうの意味を見つけださなければならない([2]訳書, p.27)と強調した.
効果とは, 例えば, 軍事システムでは, システムの"1攻撃あたりの撃墜確率" とか"1会戦での撃墜総数"など([10]訳書, p.60)を, また, 地域消防システムでは, "現場への到達時間" や"ある地域での平均到達時間" など([7], p.81) の評価基準で表す. 便益とは, 水資源プロジェクトの場合, 農民によって生産された小麦の価値の増分やこのプロジェクトから生じるその他の生産者(例えば, ドライクリーニング業者等)の得た所得の増加で表される([6]訳書, pp.179-183).
以上まとめると, 費用対効果(便益)分析の考え方は, 一つには目的を達成するのに必要な効果(便益)の水準に対して, 最小の費用で得られる代替案を選択する, もう一つのやり方は目的を達成するのに必要な費用の水準に対して, 最大の効果(便益)が得られる代替案を選択することである([2]訳書, pp.11-12).
[システム分析の方法論上の特徴]
システム分析の方法論に関して, クエイド, ブッチャーは次のように述べている. 「制御された実験がほとんど不可能な分野にハード・サイエンスのアプローチや方法 - そして理想としては, その水準 - を拡張しようとする意識的な試みの一つである([10]訳書, p.34), ... まだ, 精密科学あるいは工学の一形態というよりも, むしろ芸(art)の段階である([10]訳書, p.31)」.
ハード・サイエンスのアプローチとは, 数学, 物理学および経済学等から導入された効率性尺度とか, 対象とする世界に関するフィールドデータの統計解析等から導出した特性値などを基盤として, モデルを作成し, これらにより問題状況を把握するということである. また, マイザー(Miser), クエイドは, システム分析における「経済学者の役割は, ... 重要さを増してきた. 経済学者グループは, この分野の発展に二つ基本的な分野で貢献した. 一つは, 初期のORの段階の応用の中で使われた不十分な概念(評価基準の選定の問題とか, 時間の扱い等)に関して鋭い吟味を与えた. 二つ目は, ORの最も適切なパラダイムとして決定理論及びミクロ経済学の考え方から導出した知的な検討の枠組みを提案したことである.([7], p.42)」と総括した.
[システム分析からの発展]
チェクランド(Checkland)は, システム分析のパラダイムを「要求, 達成すべき目標, 要求を満たすべきシステム, 求められる使命などの諸点を明確にする必要性が常に主張されてきた. ... 望ましい目標を達成するための効率の良い手段の選択を手助けするというハードシステム思考([1]訳書, p.155)」が共通したものであると主張した. このような考え方から, チェクランドは人間活動システムを中心に据えるソフトシステムズ・アプローチ(Soft Systems Approach;SSM)を唱道し, 一方, 「経済合理性と政治的合理性の相対立する論理を調和させようとして, 1960年代の後期から政策分析(Policy Analysis)([7], p.44)」が登場し, これらは, 政策科学(Policy Science)に統括され進展することとなった ([5], [9]).
参考文献
[1] P. B. Checkland, Systems Thinking, Systems Practice, John Wiley & Sons, 1981. 高原康彦, 中野文平監訳, 『新しいシステムアプローチ』, オーム社, 1985.
[2] G. H. Fisher, Cost Considerations in Systems Analysis, American Elsevier, 1971. 日本OR学会PPBS部会訳, 『システム分析における費用の扱い』, 東洋経済新報社, 1974.
[3] C. J. Hitch and R. N. McKean, The Economics of Defense in the Nuclear Age, Harvard University Press, 1960. 前田寿夫訳, 『核時代の国防経済学』, 東洋政治経済研究所, 1967.
[4] C. J. Hitch, Decision-Making for Defense, University of California Press, 1965. 福島康人訳, 『戦略計画と意思決定 - PPBS とシステムズ・アナリシス - 』, 日本経営出版会, 1971.
[5] 今村和男編, 『システム分析』, 日科技連, 1977.
[6] R. N. Mckean, Efficiency in Government Through Systems Analysis - With Emphasis on Water Resources Development, John Wiley & Sons, 1958. 建設省PPBS研究会訳, 『システムズ・アナリシスの基礎理論-PPPSの応用-』, 東洋経済新報社, 1969.
[7] H. J. Miser and E. S. Quade (ed.), Handbook of Systems Analysis Overview of Uses, Procedures, Applications, and Practice, John Wiley & Sons, 1985.
[8] 宮川公男編著, 『PPBSの原理と分析 - 計画と管理の予算システム -』, 有斐閣, 1969.
[9] 宮川公男, 『政策科学入門』, 東洋経済新報社, 1995.
[10] E. S. Quade and W. I. Boucher(ed.), Systems Analysis and Policy Planning - Applications in Defense -, American Elsevier Publishing Company, 1968. 香山健一・公文俊平監訳, 『システム分析1, システム分析2』, 竹内書店, 1972.