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《無裁定価格理論》
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'''【無裁定価格理論】''' ■離散時間アプローチと連続時間アプローチ 金融工学の無裁定価格理論は,複数個の金融商品に対して,リスク(損失の可能性)なしに確実に利益をもたらす裁定機会を排除するように,価格に整合的な関係を要求する理論である.その整合性の条件は,一定の数学的仮定のもとで,適当なリスク中立確率測度のもとで資産の相対価格が[[マルチンゲール]]に従うことが十分であると同時に,ほとんど必要であることを主張する.その結果,派生証券の価格評価が可能となる.そこでは,CTA(連続時間アプローチ:Continuous Time Approach)のもとに連続な変数(確率変数のとりうる値が実数)を想定するという枠組みをもつ.DTA(離散時間アプローチ:Discrete Time Approach)の場合,複製可能性を意識して,変数も離散的な場合を扱う場 合が多い。しかし,時間離散,空間連続の場合,無裁定価格理論は,非Markovモデルが容易に扱えるという特徴をもつ.金利の変動や信用の変化など非Markovと考えられる現象に対して,CTAは応用上制約的であるとも考えられる. 連続時間のもとでの基礎理論を展開したBlack―Scholes(BS)は,ヨーロピアンコールなどのオプシヨンに対して,複数個の資産を用いて「自己金融取引ルール」(以下SFR:Self Financing trading Rule)のもとに最終時点のベイオフを確率1で「複製する」ことができることを示した.そこでは株価に[[幾何ブラウン運動|幾何Brown運動]]を仮定し,伊藤確率解析のもとにペイオフを複製する偏微分方程式を導いた.このアプローチはヘッジポートフォリオの構築法を具体的に示す点で役に立つ。しかし,複製可能性の概念は無裁定性の十分条件であり,ヘッジ理論を展開するための基礎になるが,派生商品を含む金融商品のプライシングの視点からは,無裁定性の概念がより重要であろう。特に,信用リスク派生商品など不連続で,時間軸が長いものは微小時間に基づくヘッジ概念は実際的に有効でないと考えられる.複製可能性の概念は,完備性の概念と結合している。 これに対して,Harrison and Pliska(1981)は,無裁定性と複製可能性の概念を識別し,問題を再定式化した.そしてセミマルチンゲールの数学的構造の中で,「リスク中立測度のもとでの相対価格のマルチンゲール性」が無裁定性の十分条件であることを証明した.この「マルチンゲールアプローチ」は問題の本質をとらえるものである。資産価格の一般理論としては,Delbaen and Schachemeyer(1994)による「相対価格のマルチングール性がほとんど必要であること」の結果によって完成した. ■無裁定性 以下では無裁定性の概念を述べ,DTAでの無裁定性定理を述べる.以下CTAとDTAを並行的に扱う.時間軸を有限区間<math>[o,T]\,</math>とし,それを<math>N\,</math>等分した時間幅を<math>h\,</math>,<math>Nh=T\,</math>とする.時点はCTAでは<math>t\,</math>,DTAでは<math>n\,</math>で表す.このもとで<math>M+1\,</math>個の資産価格過程を, <table align="center"> <tr> <td><math> X(t)=(X_0(t),X_1(t),\ldots,X_M(t))^{\top}=(X_0(t),Y(t)^{\top})^{\top},0\le t\le T \ \ \ \mbox{(1C)}\,</math></td> </tr> <tr> <td><math> X_n=(X_{0n},X_{1n},\ldots,X_{Mn})^{\top}=(X_{0n},Y'_n)^{\top},n=0,1,\ldots ,N \ \ \ \mbox{(1D)}\,</math></td> </tr> </table> として表現する.ここで<math>X(t)\,</math>は<math>t\,</math>に関して連続で,<math>X(t)\,</math>[または<math>X_n\,</math>]は確率空間<math>(\Omega,\mathcal{F},\mathcal{Q})\,</math>で定義されていて,フィルトレーション <table align="center"> <tr> <td><math>\mathcal{F}_t(X)=\sigma(\{X(s);s\le t\})\,</math>または<math>\mathcal{F}_n=\sigma (\{X_j;j\le n \} )\ \ \ (2)\,</math></td> </tr> </table> に関して可測であるとする.すなわち<math>X\,</math>は<math>\{\mathcal{F}_t\}\,</math>[または<math>\{\mathcal{F}_n\}\,</math>]適合であるとする. <math>t\,</math>時点のポートフォリオとは,各資産に対する組入れ枚数を示す確率変数の組 <table align="center"> <tr> <td><math> \mathbf{a}(t)=(a_0(t),a_1(t),\ldots,a_M(t))\,</math>または<math> \mathbf{a}_n=(a_{0n},a_{1n},\ldots,a_{Mn}) \ \ \ (3)\,</math></td> </tr> </table> をいう.<math>a_i(t)< 0\,</math>のときは第<math>i\,</math>資産を空売りすることを意味する.市場には摩擦がなく,どの資産についても任意の量を空売り可能とする。取引ルールとは,確率過程<math>\{\mathbf{a}(t):0\le t\le T\}\,</math>[または<math>\mathbf{a}_n\,</math>]をいう。(3)のもとでのポートフォリオの価値を <table align="center"> <tr> <td><math> V_t(\mathbf{a})=a_o(t)X_0(t)+\cdots + a_M(t)X_M(t)=\mathbf{a}(t)\cdot X(t) \ \ \ \mbox{(4C)}\,</math></td> </tr> <tr> <td><math> V_n(\mathbf{a})=\mathbf{a}_n\cdot X_n \ \ \ \mbox{(4D)}\,</math></td> </tr> </table> で示す.<math>\{V_t(\mathbf{a})\}\,</math>を価値過程という.このとき<math>t-h\,</math>時点で<math>t</math>時点の価値の変化は <table align="center"> <tr> <td><math>\Delta V_t(\mathbf{a})=V_t(\mathbf{a})-V_{t-h}(\mathbf{a})=\Delta \mathbf{a}(t)\cdot X(t)+ \mathbf{a}(h-t)\cdot \Delta X(t)\,</math></td> </tr> </table> となる。右辺第1項は,価格変化後にポートフォリオの再構築<math>(\mathbf{a}(t-h)\to \mathbf{a}(t))\,</math>をしたと きによる価値変化を示す.右辺第2項は,<math>t-h\,</math>時点でのポートフォリオ<math>\mathbf{a}(t-h)\,</math>のもと での価格変化<math>(X(t-h)\to X(t))\,</math>による価値変化を示す.自己金融取引ルール(SFR)<math>\{\mathbf{a}(t)\}\,</math> とは,再構築のときに資金の流入をもたらさない取引ルール,すなわち <table align="center"> <tr> <td><math>\Delta \mathbf{a}(t) X(t)=0 </math> または <math>\Delta V_t(\mathbf{a})=\mathbf{a}(t-h)\cdot \Delta X(t) \ \ \ (5)\,</math></td> </tr> </table> と同等となる. CTAでは<math>h\to 0\,</math>とするので,<math>\mathrm{d}\mathbf{a}(t)\,</math>や<math>\mathrm{d}X(t)\,</math>が確率積分要素として数学的に定義されなくてはならない.そのため ① <math>a_i(t)\,</math>は発展的可測(<math>F_t\otimes g_t\,</math>),<math>t\,</math>に関して2乗可積分,有界変動 ② <math>X(t)\,</math>は(発展的可測,2乗可積分)[[伊藤過程]](拡散方程式)に従う と仮定する.ただし,<math>g_t\,</math>は<math>[0,t]\,</math>上のBorel集合族である。(5)よりSFRを, <table align="center"> <tr> <td><math>\mathrm{d}V_t(\mathbf{a})=\mathbf{a}(t)\cdot \mathrm{d}X(t)\,</math> または <math>\Delta V_n(\mathbf{a}_n)=\mathbf{a}_n\cdot \Delta X_n \ \ \ (6)\,</math></td> </tr> </table> をみたすものとして定義する.SFRのもとでの価値プロセスは <table align="center"> <tr> <td><math>V_t(\mathbf{a})=\int_0^t \mathbf{a}(t)\cdot \mathrm{d}X(t)\,</math> または <math>V_n(\mathbf{a}_n)=\sum_{j=1}^n\mathbf{a}_j\cdot \Delta X_j \ \ \ (7)\,</math></td> </tr> </table> となる.<math>V_t(\mathbf{a})\,</math>の値はSFRを用いて,ポートフォリオを各時点での価格変化のもとに瞬時にかつ連続的に再構築して運用したときの累積額である. '''定義1''' 与えられた<math>M\,</math>個の資産が裁定機会を許すとは,適当なSFR<math>\{\mathbf{a}^*(t)\}\,</math>(または<math>\{\mathbf{a}_n\}\,</math>)をとると, <table align="center"> <tr> <td><math>Q\{V_0(\mathbf{a}^*)=0, V_T(\mathbf{a}^*)\ge 0\}=1\,</math> かつ <math>Q\{ V_T(\mathbf{a}^*> 0\}>0 \ \ \ (8)\,</math></td> </tr> </table> となることをいう(<math>T=Nh\,</math>).どのようなSFRに対しても裁定機会が存在しないとき,資産は互いに無裁定であるという. '''DTA無裁定定理''' 相対価格の過程<math>\{\tilde{X}_{in}=X_{in}/X_{0n}\}(i=1,\ldots ,M)\,</math>が<math>\mathcal{Q}\,</math>に対して適当な同値確率測度<math>\mathcal{Q}^*\,</math>のもとでマルチンゲールとなることが,<math>M+1\,</math>個の資産が互いに無裁定であるための必要十分条件である. 十分性は刈屋(1997:pp.77-80)またはKariya and Liu(2002)をみよ。必要性はElliott and Kopp(1999:p.60)をみよ.測度の一意性については後に述べる. ■伊藤過程と基本定理 以上の基本的枠組みでCTA無裁定価格理論を展開するためには,すでに述べた確率積分や確率解析などが定義されるための数学的構造(セミマルチンゲール構造)が要求される.したがって,それが可能となるモデルの定式化から入らぎるをえない.その結果,モデルの構造に関して無裁定性,完備性が議論されることになる.この点はDTAとの違いである.典型的な状況として,まず価格過程として基準化資産としての0時点1円の第0資産に <table align="center"> <tr> <td><math>\frac{\mathrm{d}X_0(t)}{X_0(t)}=r(t)\mathrm{d}t\,</math>,すなわち <math>X_0(t)=\exp \bigg[\int_o^tr(s)\mathrm{d}s\bigg] \ \ \ (9)\,</math></td> </tr> </table> を仮定する。ここで<math>\{r(s)\}\,</math>は式(10)の<math>J\,</math>個のWiener過程<math>\{W(t)\}\,</math>によるフィルトレーションに適合した確率過程であると仮定する.他の資産価格は,伊藤過程(確率微分方程式) <table align="center"> <tr> <td><math>\frac{\mathrm{d}X_i(t)}{X_i(t)}= \mu_i(t)\mathrm{d}t+\sum_{j=1}^J\psi _{ij}(t)\mathrm{d}W_j(t),i=1,\ldots ,M \ \ \ (10)\,</math></td> </tr> </table> に従うとする。ここで<math>J\,</math>個の<math>\{W_j(t)\}\,</math>は互いに独立なWiener過程,<math>\mu_i(t),\psi _{ij}(t)\,</math>はドリフトとボラテイリティの確率過程で,通常はMarkov性 <table align="center"> <tr> <td><math>\mu_i(t)=\mu_i(t,Y(t)), \psi_{ij}(t)=\psi_{ij}(t,Y(t)) \ \ \ (11)\,</math></td> </tr> </table> を仮定する.このときもし(10)が解をもつならば,その解は <table align="center"> <tr> <td><math>X_i(t)=X_i(0)\exp\bigg\{\int_0^t\mu_i(s)\mathrm{d}s-\frac{1}{2}\sum_{j=1}^J\int_o^t\psi_{ij}(s)^2\mathrm{d}s+\sum_{j=1}^J\int_o^t\psi_{ij}(s)\mathrm{d}W_j(s)\bigg\} \,</math></td> </tr> </table> となる幾何過程になる(たとえばChung and Wilhams(1990:p.120)).モデル(9)(10)の定式化に注意を要する.(9)の金利の過程<math>\{r(t)\}</math>は,(10)の確率過程から独立的であることを示す.仮にそれが拡散過程 <table align="center"> <tr> <td><math>\mathrm{d}r(t)=\mu_0(t)\mathrm{d}t+\sigma_0(t)\mathrm{d}W_0(t) \ \ \ (12) \,</math></td> </tr> </table> に従っていたものとしても,,<math>W_0(t)\,</math>のは<math>Y(t)=(X_1(t),\ldots ,X_M(t))\,</math>に影響を与えない。もちろ ん,<math>\mu_0(t),\sigma_0(t)\,</math>は<math>Y(t)\,</math>の関数であってもよい。 したがって,<math>\{r(t)\}\,</math>は<math>\sigma\{Y(s),r(s):s\le t\}\,</math>適合である.それに対して(10)の<math>Y(t)\,</math>は,それ自身の<math>J\,</math>個のWiener過程に対して適合的である.この仮定は,金利は他の資産から影響を受けてもその逆はないという経済的な関係を設定している。金利が他の資産価格に影響を与える場合の一般形は,第0資産も含めた<math>M+1\,</math>個の資産が拡散方程式 <table align="center"> <tr> <td><math>\frac{\mathrm{d}X_i(t)}{X_i(t)}= \mu_i(t)\mathrm{d}t+\sum_{j=0}^J\psi _{ij}(t)\mathrm{d}W_j(t),i=0,1,\ldots ,M \ \ \ (13)\,</math></td> </tr> </table> に従う場合である。この場合,<math>J+1\,</math>個のWiener過程のもとに<math>M+1\,</math>個の資産価格が互いに影響をもって変動する.<math>M+1\,</math>個の資産価格は同時決定方程式体系となる. 確率微分方程式の解の存在条件は,非Markovの場合も含む形で <table align="center"> <tr> <td><math>\mu(t,x,\omega)=(\mu_i(t,X,\omega)), \Psi(t,x,\omega)=(\psi_{ij}(t,X,\omega)) \ \ \ (14a)\,</math></td> </tr> </table> とおくと、強Lipschitz条件として、 <table align="center"> <tr> <td><math> \| \mu(t,x,\omega)-\mu(t,y,\omega)\| \le K \| x-y\| ,\mbox{a.s.}\ \ \ \,</math></td> </tr> <tr> <td><math> \| \Psi(t,x,\omega)-\Psi(t,y,\omega)\| \le K \| x-y\| ,\mbox{a.s.} \ \ \ (14b)\,</math></td> </tr> <tr> <td><math> \mathrm{E}\bigg[\| Y(0) \| ^2+ \int _0^T[\| \Psi(s,0,\omega)\| ^2+\| \mu(s,0,\omega)\|^2]\mathrm{d}s\bigg]< \infty \ \ \ \,</math></td> </tr> </table> となる(長井,1999).ここで行列Aに対して<math>\|A\|^2=\mbox{tr} AA^{\top}\,</math>である。なお,a.s.は「ほとんど確実に」の略である. この解の存在条件は,<math>\mu\,</math>や<math>\psi\,</math>がt,xに加えて<math>\omega\,</math>に依存してよいという意味では,非Markovの場合も含まれているが,上のLipschitz条件は,<math>\omega\,</math>に関する一様性を要求しているため,興味ある非Markovモデルの例を見つけるのは困難である.<math>\omega\,</math>に依存しない場合,過程(10)はMarkovとなることが示される。それを伊藤過程(拡散方程式)という. 以下では(9),(10)のもとにCTAの無裁定条件を考察するため,伊藤過程の場合につて議論する.そして,<math>\theta_j(t)(j=1,\ldots ,J)\,</math>についての線形方程式 <table align="center"> <tr> <td><math>\mu_i(t)-r(t)=\sum_{j=1}^J\psi_{ij}(t)\theta_j(t),\int _o^T \theta_j(t)^2\mathrm{d}t<\infty \mbox{ a.s.} \ \ \ (15)\,</math></td> </tr> </table> を考える。これが解をもつとき<math>\theta(t)=(\theta_1(t),\ldots ,\theta_J(t))\,</math>をリスクの市場価格という. 解は,①一意的な解をもつ,②解をもたない,③ 2つ以上の解をもつ,の3つケースに分けられる.(15)が解をもつとき(9),(10)は, <table align="center"> <tr> <td><math>\mathrm{d}\bigg(\frac{X_i(t)}{X_0(t)}\bigg)=\frac{X_i(t)}{X_0(t)}\bigg\{\sum_{j=1}^J\psi _{ij}(t)[\theta_j(t)\mathrm{r}t+\mathrm{d}W_j(t)]\bigg\} \ \ \ (16)\,</math></td> </tr> </table> となる.ここでGirsanovの定理を用いて測度変換する.まず, <table align="center"> <tr> <td><math>\Lambda_T=\exp\bigg\{-\int_0^T\theta(s)\cdot \mathrm{d}W(s)-\frac{1}{2}\int_o^T\|\theta(s)\|^2 \mathrm{d}s\bigg\} \ \ \ (17)\,</math></td> </tr> </table> とおいて測度<math>Q^*\,</math>と<math>Q^*\,</math>のもとでのWiener過程を <table align="center"> <tr> <td><math>{\mathrm{d}Q^*}/{\mathrm{d}Q}=\Lambda_T, \mathrm{d}W_i^*(t)=\theta_i(t)\mathrm(d)t+\mathrm(d)W_i(t) \ \ \ (18)\,</math></td> </tr> </table> とおく.(18)を(16)に代入したものとその解は,それぞれ <table align="center"> <tr> <td><math> \mathrm{d}\bigg(\frac{X_i(t)}{X_0(t)}\bigg)=\frac{X_i(t)}{X_0(t)}\bigg(\sum_{j=1}^J\psi _{ij}(t)\mathrm{d}W_j^*(t)\bigg) \ \ \ (19)\,</math></td> </tr> <tr> <td><math>\frac{X_i(t)}{X_0(t)}=\frac{X_i(0)}{X_0(0)}\exp\bigg\{-\frac{1}{2}\sum_{j=1}^J\int_o^t\psi_{ij}^2(s)\mathrm{d}s+\sum_{j=1}^J\int_o^t\psi_{ij}(s)\mathrm{d}W_j^*(s)\bigg\} \ \ \ (20)\,</math></td> </tr> </table> となるので,<math>W_j^*(t)\,</math>がWiener過程であることから相対価格<math>\{X_i(t)/X_0(t)\}\,</math>の過程が<math>Q^*\,</math>のもとでマルチンゲールとなる.すなわち<math>Q^*\,</math>のもとで次式が成立する. <table align="center"> <tr> <td><math>\mathrm{E}_t^*\bigg[\frac{X_i(t)}{X_0(t)}\bigg]=\frac{X_i(t)}{X_0(t)} \,</math></td> </tr> </table> '''CTA無裁定定理''' <math>K>0\,</math>に対して,<math>V_t(\mathbf{a})\ge -K(\mbox{a.s.})\,</math>となるSFRのクラスを<math>A_K\,</math>とする.このとき,(15)に解が存在するならば,すなわち相対価格をマルチンゲールにする確率測度<math>Q^*\,</math>が存在するならば,任意の<math>\mathbf{a}\in A_K\,</math>に対して裁定機会を与えない.すなわち <table align="center"> <tr> <td><math>V_0(\mathbf{a})=0\,</math> ならば確率1で <math>V_T(\mathbf{a})\le 0\,</math></td> </tr> </table> が成立する.なお,SFRに対して<math>V_T(\mathbf{a})\ge -K\,</math>の条件を除くと,裁定機会を許すものが存在する.(Delbaen and Schachermayer, 1994). '''系''' (15)と<math>\mathrm{E}[\Lambda_T]=1\,</math>をみたす<math>\theta(t)\,</math>が存在するとき,相対価格をマルチンゲールにする同値確率測度は存在し,価格は互いに無裁定となる. '''定義2''' <math>F_T\,</math>可測な非負確率変数<math>Z(T)\,</math>としての条件付き請求権(オプション)が,適当なSFRのもとで<math>V_T(\mathbf{a})=Z(T)\,</math>となるとき,<math>Z(T)\,</math>は複製可能という.与えられたモデルのもとで任意の<math>F_T\,</math>可測な非負確率変数<math>Z(T)\,</math>が複製可能なとき,モデルは完備であるという. モデルが完備の場合,任意の条件付き請求権は複製可能であるから,オプションなどの条件付き請求権商品は不要,もしくは冗長ということになる.完備性に関して,(15)の解の存在性よりCTA無裁定定理によって,次の定理が成立する. '''完備性定理''' モデル(9),(10)を仮定する.①<math>M=J\,</math>で<math>\psi(t)\,</math>がすべて<math>t\,</math>に対して確率1で正則ならば,モデルは完備であり,<math>Q\,</math>は一意的に存在,②<math>M<J\,</math>ならば不完備で,<math>Q^*\,</math>は数多く存在,③<math>M>J\,</math>ならば<math>Q^*\,</math>は存在しない.<math>Q^*\,</math>が完備なときは,任意の条件付き請求権<math>Z(T)\,</math>の<math>t\,</math>時点価格は<math>Z(t)=X_0(t)\mathrm{E}_t^*[Z(T)/X_0(T)]\,</math>で与えられる. この条件は,不確実性の数としてのWiener過程の数<math>J\,</math>と基準化資産<math>X_0\,</math>以外の資産数<math>M\,</math>との関係で述べられている。それは<math>r(t)\,</math>の定式化問題と関係している.実際(15)は, <table align="center"> <tr> <td><math>r_0(t)1=\Phi(t)\gamma(t),\mbox{ }\Phi(t)=[\mu(t),\Psi(t)],\mbox{ }\gamma(t)=(1,-\theta(t)^{\top})^{\top}\,</math></td> </tr> </table> であるから,<math>\Phi(t)\,</math>の列ベクトル空間<math>L(\Phi(t))\,</math>(各<math>\omega\,</math>に対して)は,1のベクトル<math>1\,</math>を含まなくてはならない.このことは,<math>M\,</math>個の資産価格過程のドリフトベクトル<math>\mu (t)\,</math>とボラティリティ行列<math>\Psi \,</math>の間に一定の関係を前提にしている. ---- '''参考文献''' [1]刈屋武昭(1997),『金融工学の基礎』,東洋経済新報社. [2]長井英生(1999),『確率微分方程式』,共立出版. [3]Chung,K.L.and R.J.Williams(1990),''Introduction to Stochastic Integration'', Birkhauser. [4]Delbaen,F.and W.Schachemayer(1990),"A general version of the fundamental theorem of asset pricing,"''Mathematical Annalean,''300,463-520. [5]Elliott,R.J and P.E.Kopp(1999),''Mathematics of Financial Markets'',Springer. [6]Harrison,J.M. and S.R. Pliska(1981),"Martingales and stochastic integrals in the theory of continuous trading,"''Stochastic Processes and Their Applications'',11,215-260. [7]Karatzas,I.and S.E.Shreve(1998),''Brown Motion and Stochastic Calculus'',Springer. [8]Kariya,T.and R.Y.Liu(2002),''Asset Pricing,''Kluwer. [[category:ファイナンス|むさいていかかくりろん]]
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